山下洋輔 「Clay」(1974)

 観客の叫びと駆け上がるテンションが痛快なフリー・ジャズ。初めて彼らの音楽に振れた、戸惑いと受け入れの貴重なドキュメンタリー。

 山下洋輔のオリジナル・アルバムを初めて聴いたのが本盤だと思う。妙にこもった録音で、もどかしいと思ったのが第一印象。ぐわっとボリューム上げてヘッドフォンで聴いたら急に燃え上がるテンションに持ってかれた記憶がある。たぶん1991年頃の話。
 
 筒井康隆へ夢中になったのが中学生のころ。そっちの経由で山下を知ったはず。テレビですでにどしゃめしゃに弾く姿も見てたんじゃないかな。フリー・ジャズ=めちゃくちゃ、かつハイテンションってイメージをこびりつかせたミュージシャンだった。
 売れっ子なだけに録音は多数。でも敢えてちゃんと聴かなかった。90年代ごろにフリージャズを齧り始め、一度はちゃんと山下を聴いてみるかな、と本盤を入手したはず。どうせなら古い録音から始めたく、ちょうどその時はこれが最も古かった。CDで手に入れた。

 本盤は74年、メールス第三回に出演した、山下洋輔トリオ初の海外演奏を封じ込めた。
 LPでは(1)がB面最初にまたがるが、たぶんクラリネット・ソロの切れ目でつながるのだろう。CDではトラックが一つになっており、ちょうどいい切れ目がわからなかった。
 サックスは坂田明へ変わった編成。公式ディスコグラフィーを追うと、"インスピレーション&パワー14"(1973)に参加した音源から、坂田に変わっている。
 "エイプリル・フール~カシアス・クレイの死ぬ日"(1971)に次ぐ盤で、つまり新生トリオの初フル・オリジナル・アルバムとなった。

 冒頭(1)は30分弱の長尺。体力をふり絞る疾走の痛快さが詰まった。
 このテイクの何がカッコいいって、観客の叫び声。
 
 ざわめく観客の拍手に導かれ、ピアノが派手に弾ける。わざとそういうミックスなのか、実際その通りなのか。力強いピアノ・ソロの中で観客が静まっていく。
 無伴奏のピアノがしばらく続き、穏やかに入るクラリネット。ムードは重厚になり、わずかな観客のざわめきが聞こえる。
 ピアノとクラリネットの対話。ピアノの音数は多いがクラリネットは丁寧に。だが、つっとクラリネットがいなないた。ドラムも加わって小節感やビートがフリーと改めて実感する。

 クラリネット・ソロが終わって拍手。だがまだ曲は明確に継続性を見せる。
 まだ、聴きどころは始まらない。

 ピアノは疾走と緩やかなコード弾きを繰り返す。ドラムもいつしか消えた。緩急を大胆に決めて、疾走するピアノ。だが、和音弾きで静と動のメリハリはきっちりつける。
 このあとだ、聴きどころは。
 
 5分58秒。男が感極まり、野太く一声"Yeah!"と掛け声。ここだ。
 
 ここから演奏のテンションが右肩上がりに加速する。反発でも否定でもなく、受け入れて楽しんでる観客の一声。

 ピアノはソロのまま指が鍵盤を駆け抜ける。じわっと溜めも忘れない。メロディがパーカッシブにジワジワ変貌し、7分過ぎにドラムが一打ち。
 大きな拍手が上がり、そのまま爆走へ。このドラマティックな盛り上がりが好きだ。

 たぶんほっといても、トリオはメリハリつけたろう。けれども、前知識無く山下トリオを聴いて、理解し楽しみ"Yeah!"と歓声を入れる柔軟な受容性。そのムードと懐深さにしびれた。

 観客は贅沢なもの。いったん受け入れると同等もしくはそれ以上の再現を求める。例えば前述の"インスピレーション&パワー14"(1973)に収録の"Clay"。本盤(2)と同じ曲だ。
 だが演奏は初めからハイテンション。観客が受け入れる安心感と、期待以上に応えるためではないか。暴れることを前提にして。
 けれども本盤での演奏はヒリヒリする緊張と手探り感、戸惑いと音楽への自信がせめぎあう。観客は戸惑いと感情表現へのためらい、奏者は自分らの音楽へプライドと受け入れられるかの不安。それら様々な感情と機微が、本盤には封じ込められてる気がしてならない。

 それにしても、演奏がすごい。山下のピアノはパーカッシブなだけでなく、猛烈に指が回る。でたらめと言うなかれ。試しに自分で試してみるといい。ああいうメカニカルな指回しを持続させ、メリハリと多様性かつ熱狂を込めることが、どんなに難しいことか。
 
 さらにフリーでありながら曲を演奏が、もう一つのポイント。完全な即興でなく、アンサンブルを意識し、なおかつ野性的な解放感も内包する。その二面性も山下トリオの魅力だ。
 ハイテンションを体育会的な痛快さで描いた先駆さは、偉大だ。形而上的なコルトレーンの真摯さを、もっとスポーティな明るい世界に山下は昇華した。
 さらに時代性も踏まえ、軽佻浮薄には仕立てない。まじめな求道性と、息を止めて疾走するまじめさは当時の山下トリオから強烈に滲む。決してエンターテイメントではない。もっと重たいシロモノだ。

 (2)のほうがいくぶん、聴きやすい。キメの多いフレーズからフリーに雪崩れるが、ドラムがガッチリ支えた。てんでに好き放題に弾きまくらず。アンサンブルが成立している。
 サックス・ソロは8分過ぎまで出てこない。だが登場したら立ち止まらず暴れ倒す。クラリネットと違う、サックスの豪放さを生かしてぶりぶりと音をまき散らした。
 三人が同時に音を出すと、抽象と偶発の塊に見えて、バンド・サウンドにまとまってるのがよくわかる。

 若々しい気負いと気合で堅苦しく締め付けず、理性を保ったまま音楽は野性的に爆発した。
 そして最後は大歓声。素晴らしく良い雰囲気だ。

Track listing:
1.ミナのセカンド・テーマ
2.クレイ

Personnel:
山下洋輔 (p)
坂田明 (as, cl)
森山威男 (ds)

Date: June 2, 1974
Location: Live at the open-air III, New Jazz Festival in Moers, Germany.

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