「わたしだけ?」(1981)

 デビュー当時から尖っていた。なおかつ、轟音と静寂のダイナミクスを強烈に操っていた。

 81年にピナコテカからLPが発売。(12)と(13)が93年にPSFからCD再発時のボートラとなる。東京の前衛音楽シーンで早くから活動してきた灰野敬二が、29歳にして音盤へ自らの音楽を封じ込めた。インディ・レーベルがまだ普及したてで、容易に音盤化ができなかった時代だ。もし当時、もっと音源が残っていたら・・・。どんな音楽を灰野は奏でていたのだろう。

 本盤では歌へ徹底的にこだわった。歪んだギターもある。だが轟音ノイズに寄り掛からず、かぼそく貫く透徹なハイトーンを灰野は本盤で披露した。
 拍子や小節線から解き放たれつつ、しっかりした進行感が常にある。構造は自由だが、楽曲を灰野は歌った。叫んだ。しかし今でも本盤と同様のシャウトができる灰野は凄い。

 本盤はギターの軋みが聴ける。轟音でアンプの滲むハウリングやハム音が聞こえる。アナログ・テープならではのノイズもあり。それら偶発的なノイズすらも、灰野の音楽を邪魔しない。すべてが取り込まれた。テープの出すサーッと言うノイズすら、馴染んでる。灰野のピュアさをざらついて彩った。

 灰野独特の歌声が、エレキギター一本でかぼそく広がる。
 たとえ轟音と絶叫でも、青白い細身っぷりは変わらない。贅肉を削ぎ、真摯な緊張感に溢れたてる。

 むしろ最後のギター・ソロこそ馴染みやすい。唸り吼える歪みが、存分に30分弱響く。どれが旋律でどれがアンプのノイズかわからない。音塊だが幾層にも切り裂き細密な音色で仕上がっている。ローファイな録音が、なおさらこのソロへ凄みを与えた。

 サイケデリックな熱狂や炸裂は控えた音楽のため、最初に灰野へ触れるなら向いていない盤。本質ではあるが、深淵すぎる。
 いずれにせよ今は入手困難な音源だ。ひとわたり灰野の音楽を渉猟し、そもそもどっぷりと灰野のライブへ触れたあとでおもむろに聴いてもいい。
 歴史をさかのぼれることが、過去をたどる時の特権だ。なにも時系列で追わなくたっていい。そして本盤を聴いたとき、灰野が今と何も変わらず、強烈に尖っていたことを痛感するだろう。

 最初から、灰野は凄かった。

Track listing:
1 おれのありか 5:24
2 ゆるされざる者達 5:40
3 よみがえる 3:05
4 露わにさせろ 2:49
5 終わりにさせろ 2:37
6 うまくできない 3:05
7 もっと もっと もっと 2:00
8 つきぬけても 4:15
9 くずれてゆく 4:24
10 ここまで きてみろ 3:52
11 わらいたいのに 4:22
12 還りたい 3:13
13 捧げる 28:56

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