高橋悠治 「フーガの[電子]技法(The [Electronic] Art of the Fugue):Bach」(1975)

 電気仕掛けの人間風味。今でこそ楽しめる75年の異色盤。

 バッハ晩年の作品で1740年頃に書かれた「フーガの技法」から7曲を抽出して、シンセサイザーで演奏した盤。録音は75年。シンセサイザーがまだモノフォニックなころか。シンセはまだ珍しく、未来の楽器的に持てはやされてたころ、だと思う。

 厳密な発明時期はさておいて、ポップ・ミュージックにデジタル・シンセが出てきたのは80年代。つまり本盤の頃はつまみをひねって音を作るシンセだった。その素朴さが、今では強烈に人間臭い。

 揺れる音色、空気感。これは高橋が録音当時に全く意識しなかった効果のはず。たぶんバッハというゴリゴリのクラシックを電気仕掛けなフィルターを通すことで、次世代的な新鮮さを狙ったのではないか。
 だが21世紀の今、本盤はとても人間臭く柔らかい。

 タイトな譜割は打ち込みでなく、高橋の手引きなはず。4声それぞれに音色を変えたシンセが飛び交う。Moog Type 55, EMS Synthi 2を使ったとクレジットにあり。
 同期のクリックすら使ったか怪しい。強固なリズム感と、精緻な鍵盤使いの高橋ならば耳だけでジャストに合わせられたろう。

 いずれにせよ本盤は妖しい揺らぎを持つ音色が、吸い付くようにアンサンブルを作る。個々の音は発音のタイミングで頭が揺れても、根本的には整然とした。
 うねっと滲ませる響き、スペイシーに膨らむ音像。チップチューンとは違った、シンプルで古めかしいシンセの音色が一杯だ。

 あえて高橋は本盤できれいなバッハを作らない。ざらついて雑味含む音色で、クラシックの格調高さを前衛的な鋭さに持ち込んだ。
 この発想と作品にした企画が嬉しい。今ではここまでアナログなシンセ音色で音を作り、なおかつ絶妙なタイム感は、ものすごく意図的でないと作れない。

 打ち込み、同期、クリック、サンプリング音色、それらの誘惑をすべて跳ねのけて、アナログ手弾きの多重録音を、しかも商業作品として作り上げる人がいるだろうか。
 しかもこの音色自体、今では作りこむ必要がありそう。

 バッハの精妙さと格調を、高橋は昂然と解釈して演奏した。全曲でなくLP一枚に留めた潔さも今では嬉しい。

 時代性をすべて取り払い、素直に本盤を聴くとすごく戸惑う。その違和感が快感だ。
 バッハをシンセで解釈し、なおかつ人間臭い。二重三重の入れ子構造で音楽と電子楽器の歴史を実感できる。
 そして楽曲の確かさと演奏の確実さをもって、本盤はゲテモノでなく凛々しい完成度を産んだ。
 
 バッハのフーガの技法で代表作、なんて言わない。これはあくまで傍流だ。だがサブカルチャーの秘宝になっている。これを聴くと正当なクラシックの盤で、フーガの技法を聴きたくなる。
 そして本盤に戻ってくると、異様なアプローチの決断力と冒険心に心が躍る。

Track listing:
1 Contrapunctus I 4:27
2 Contrapunctus IV 3:58
3 Contrapunctus X 5:59
4 Contrapunctus IX 2:54
5 Contrapunctus VIII 5:57
6 Contrapunctus XI 6:11
7 Contrapunctus XV 8:33

高橋悠治:Synthesizer [Moog Type 55, EMS Synthi 2], Remix

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