灰野敬二 「宇宙に 絡みついてる 我が痛み」(2005)

 エア・シンセを操ったソロ・アルバム。

 PSFで00年代に発表していた「1アルバム1楽器」スタイルの作品。本盤で取り上げたのはエア・シンセ。既に販売中止らしいが、ボディから出る赤外線を遮り、プリセットの音源を演奏するしくみ。上下前後左右の三次元操作ができるらしい。テルミンをより極端にした感じか。

 当時にライブで灰野が操るさまを見て、ぶっ飛んだ。全身を込めて肉体的にエア・シンセを鳴らす。楽器の仕組みがわからなくて、何をやってるのかさっぱり理解できず、灰野の動きに合わせ変化する轟音に圧倒された。

 本盤は無題の4曲が収録された。メロディアス、もしくはスペイシーなシンセ音ではなく、もっと風切り音のように抽象的な音色が蠢く。灰野はたぶん、エア・シンセを2台並べて片手づつ弾いている。
 だが明確な構造体はなく、奔出が現れた。灰野の作品でもとりわけノイズ寄りのアプローチだが、もっと肉感的な手法だ。耳ざわりな音色や非楽典を志向するノイズと、決定的に灰野が異なるアプローチなのが、この点。灰野は非日常よりも独自音楽を追求のために、風景は似ているが違う道をたどっている。

 この盤で聴ける音はリズムやテンポ、展開や旋律のすべてから解放されている。(4)のようにビートを従えていても。
 限られた音での濃密さが主眼で、寛ぎや安定とも全く違う。うねりながら上下する音程と、音程にも至らぬざわめきが、ひたすら奏でられた。
 なお(4)ではフルートも演奏しており、厳密にいうとエア・シンセ一辺倒のアルバムではない。

 確かに取っつきづらい。だがこの波にうまく乗れたら、自在に振り回されるスピード感と、猛烈なスリルを味わえる。
 その意味で、逆に長尺一本勝負でなくトラックを分けてくれたのはありがたい。例えば60分一本勝負でこの嵐を提示されたら、集中力を維持は至難のわざだ。ライブならば別だが、CDで聴いてるとそこまでのめりこむのはけっこう難しい。

 灰野の作品でもとりわけ難解で、聴き手を選ぶ盤だろう。ノイズ好きでも、抽象的な世界の連続に取っつきづらいかもしれない。
 彼の音楽観を知るには逆に、興味深い盤と思う。楽器の構造から解放され、パーカッション・ソロのような音色の限定にも縛られない。

 数十種類のプリセット音源を設定可能で、三次元位相で音色を表現するエア・シンセ。非常にコントロールしづらいが、たぶんかなり自由度が高い。そんなガジェットを手に入れた灰野が、無邪気に真摯に音へ向かい合うさまを堪能できる。

 伸び行く低音、跳ねる高音。音数は少ない。(3)で多層化の場面もあるが、サンプリング・ループだろうか。
 電子音は歪んでもむやみに爆発しない。残響をまとい、急速に音が変わる。ダビングをせず、一発勝負だと思う。つまり出せる音の数には制限あるはず。
 音色を使い分けて起承転結を気にせず没入する。単調ではない。常に変わり続けた。

 誰でも出来そう。しかし、灰野しかできない。そんな独特の世界が堪能できる一枚だ。

Track listing:
1. Untitled 8:55
2. Untitled 13:38
3. Untitled 10:29
4. Untitled 28:22

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