Elvis Costello 「Mighty Like a Rose」(1991)

 傑作直後の老成。アメリカン・ロックをたっぷり吸いこんだ本盤で、ポップスターの立ち位置やチャート争いへは吹っ切る。そして真の意味で己の音楽性を追求に向かった。

 コステロはアルバム単位で悩みをあからさまにさらけ出して、生きざまを示したミュージシャンである。"Trust"(1981)が象徴だ。アメリカ産ロック、ソウル、カントリーに大きく影響された音楽を77年のデビュー以来、矢継ぎ早にリリースしてきた。
 イギリス人としてポスト・パンク、パブロックの立ち位置でニュー・ウェーブと折り合いつけながら。イギリス産のパンクやニューウェーブの流行と、渦中なのに反逆し続けたともいえる。

 音楽趣味とヒット、すなわちビジネス的成功。両立する悩みと試行錯誤をコステロは追求したのが80年代。"Everyday I Write the Book"(1983)で彼を知り、大好きなミュージシャンの一人になった。
 だがデビューまでさかのぼり、あれこれオ聴いた僕は正直「デビュー以来ずっと、ふらふら迷走が続いてるなあ」と思っていた。音楽としては、どれもカッコよかっただけになおさら。

 小さいが大きな感情の変化が"King of America"(1986)。アトラクションズ、ヒット志向、そしてコステロ自身のブランド。すべてを捨て去り、思い切り趣味に走った大傑作。
 これで吹っ切ったのだろう。アトラクションズとは"Blood & Chocolate"(1986)で落とし前をつけ、F-Beat/Damonのインディからも決別する。

 そして転機が"Spike"(1989)だった。ごった煮アルバムをスマートに作り上げ、ワーナーへ移籍でビジネス的な安定性も獲得。ポール・マッカートニーとの共演を筆頭に、五目味ながら嫌味の無い名作を作り上げた。

 バブルの狂騒な時代、本盤を引っ提げセレブな安定期に走ると思いきや。出し殻みたいに地味な本盤をリリースして、コステロはついに俗世間から徹底的にすり寄りを吹っ切る。独自の音楽性を迷わずに煮詰める、ほんとうに地へ足がついた活動を始めた。

 このあとが弦楽四重奏をバックに朗々と歌う"The Juliet Letters" (1993)。ロックへ伸び伸びと回帰した"Brutal Youth" (1994)。俗世間にとらわれず、コステロは自分の音楽を追求する。
 それと同時に奔放ゆえの散漫さがじわじわと染み出て、僕は彼の音楽へ逆にピントを合わせづらくなっていくのだが。

 さて、本盤。ポールとの共作2曲を含み、The Dirty Dozen Brass Bandが参加して、前作の二番煎じもしくはアウトテイク集な印象が、発売当初のイメージだった。
 ワーナーでの活躍へ乗っかるように、コロンビアが過去作品ベスト、"Girls Girls Girls"が1989年に発売して、尻馬だか応援だかわからないが、なんとなく過去の総決算を始めたように見えたせいもある。

 さらにコラボの嵐だった前作に比べて、本盤はメンツ的にはあんがい地味で華が無い。印象もずっしり重たい。当時のコステロの風貌も毛や髭をぼうぼうに伸ばし仙人みたいなとっつきにくさを漂わせた。
 シングルは"The Other Side of Summer"のみ。


 ただし、この盤からスルメ度が本当に深まった。聴きこむほどに面白く、重厚さを増す。そんな良作が本盤と思う。歌のうまさも際立った。シャウトと朗々と伸ばす声の双方を操れる、と明確に示した。

 全14曲とボリュームたっぷり、めいっぱい詰め込んだ本盤はほぼ全曲が自作。"King of America"以来の踏襲で、本名のDeclan MacManus名義を使った。
 (2)が米の名手ドラマー、ジム・ケルトナーとの共作でコステロ名義を使ってる。(9)と(11)がポールとの共作で、前作やポールの"My Brave Face"などに使われたセッションのなごり。
 (13)が元ポーグスで、当時は妻だったケイト・オリオーダンの曲。86年セッションだから仲の良さを見せつけた。

 プロデュースは本人の他に、ミッチェル・フルームを立てた。なんというか、瑞々しさを狙ったのかも。
 録音は90年後半から91年前半にかけ、ハリウッドとロンドンにて。クレジットを見ると、バンドは固定させてない。ラリー・ネクテルみたいなポップ界の売れっ子スタジオ・ミュージシャン。ジム・ケルトナー、Jim Keltnerなどプレスリーにもつながる人脈もあこがれを素直に投影した。
 いきのいいとこでマーク・リボーを迎えたり、アトラクションズ時代のピート・トーマスを起用。盟友ニック・ロウの名もある。アルバムの音像はあえて多様にした。

 アルバムはシングルの(1)で幕を開ける。コーラスはビーチ・ボーイズ風で、オールディーズ香りを前面に出した。今ではピンとこないと思うが、当時はBB5って再評価はされてない。"Kokomo"(1988)で22年ぶりのヒットを飛ばすが、懐メロの代表だった。
 さらにポールとの色がついた時代に、歌詞へ"imagine no possessions"と入れ、ジョンを皮肉る茶目っ気も忘れない。

 なおこの盤は本曲に限らず、作曲の凝りっぷりも特徴だった。複数のラインをふんだんに楽曲へ織り込み、テクニカルな面白さがそこかしこにある。

 (2)はひしゃげた打ち込みっぽさで、マーク・リボーの尖ったギターを演出する。嗄れ声の吐き出す勢いと、メカニカルな対比が面白かった。
 ベースがニック・ロウ。さらにギター・ソロにJames Burton、ドラム・ループはケルトナーとプレスリーへの憧憬を隠さぬ一方で、過去をやけっぱちに総括するかのよう。

 一転してポップな(3)。スペクター的な華やかさを仕込んでるように聴こえてならない。録音はピート・トーマスのドラムにジェリー・シェフのベース、ピアノがラリー・ネクテルでギターがマーク・リボーと新旧を混ぜた編成で、別に過去回帰ではないのだが。

 ポップさはある種、変わらぬ若さを求められる。だが当時37歳のコステロは、そんな固定観念に縛られず(4)のように朗々と歌い上げた。弦をみっちり入れて。ディナーショーに陥りそうだが、リズム隊のロックンロールぶりが老成をぎりぎり止めている。まあ、バンドはベテランばかりだけど。エコーをかけずドライな歌声も効を奏した。

 イギリス風のロックを決めた(5)は、あまり印象に残ってない。(2)に通じるメカニカルさがあるかな。サビでの和音進行が素敵だ。それまでの硬質さをかなぐり捨て、メロウさを絞りつつも高潔さを失わぬ奇妙な雰囲気を持つ。面白い和音感の曲だ。

 (6)はどうしてもバンドのほうを連想してしまう。コステロが知らないわけないのだが。アレンジはもっと時代が下がり、ジャズ的なアレンジもいれたポップスに仕上げた。
 とろっと幕をかぶせたように、穏やかな雰囲気。攻撃性を見事に消した。最後に"Harpies Bizarre"ってつぶやくフレージングが好きだ。サビ前の和音も素敵。

 (7)もバラードだが、売り出し中のRob Wassermanをベースに迎え、ラリーのピアノにマークのギターと時代を超えたアンサンブルを目指す。カラッと乾いた雰囲気でメロウに流れない。カントリー寄りだが、どこか英国の退廃ムードも混ぜる。こういうミクスチャーの味付けは、コステロの専売特許かもしれない。

 (8)も大好きな曲。サビでぐいぐい迫りくる華やかさがたまらない。ボードビル風の猥雑なパワーが最高だ。次のアルバム"The Juliet Letters" (1993)に通じる、格調高さもメロディには仕込まれてる。
 軽快にフィルを飛ばし倒す、ピート・トーマスの派手なギターもいい。古めかしい落ち着きもあるメロディだが、彼の屈託ない解釈がポップス度を増した。

 折り返しを過ぎてポールとの残滓な(9)。録音は本盤のメンバーで改めて行われてる。平歌の頭とサビがポールかな。饒舌で癖のあるコステロ節が炸裂しつつ、そこかしこにポールの香りが一杯。
 むしろコステロの塩辛い歌で塗りつぶすことで、ポールのポップスさがうまいこと成熟した。楽想はころころ変わり、やはり凝った作曲だ。

 (10)がインタリュードで、ダーティ・ダズンの演奏。すぐにバンドがフェイドインして、(11)に変わる。
 (11)もポールとの曲。メロディがポールで和音がコステロって感じも。勇ましいメロディは、サビへ向かうほどにポール色が消されていく。
 でもなんか軽やかさあって面白い。小品ではあるけれど。

 (12)も感じはポールっぽいんだ。でもコステロの自作。喉を絞りながら、切なくファルセット気味に歌い上げる甘さが良い。ダーディ・ダズンのホーン隊をみっちり並べて豪華に仕立てた。
 これも小品のイメージあり。楽曲自体は滑らかで、丁寧に組み上げたアレンジが施されている。

 前述のとおり、唯一自作でない(13)。(7)と同じセッションで、ミッチェル・フルームのサイケっぽい味わいが前面に出た。
 逆にこれは癖のないまっすぐなメロディが、アルバムのペース・チェンジにはいいと思うが、楽曲としては物足りない。この位置でこの曲を入れてもなあ。
 もっとアルバムの真ん中に入れたら、本盤全体もこの曲そのものも印象変わったと思う。しずしずと盛り上がる密やかなこの曲は、エンディング間際の蛇足にも聴こえてしまう。

 で、アルバム最後の(14)は(10)のリプライズというか本曲、かな。なんでこんなトータル・アルバム性を最後にぶっこんでくるのか。この辺の中途半端さも、本盤の地味さを強調してしまう。終わりが妙にダラダラするんだ、このアルバムは。

 楽想はアメリカンな裏ぶれたボードビル風のイメージ。欧州のバスキング風、かな。落ちぶれた、とは言わない。けれど少しばかり地味で埃っぽい香りがする。
 このあとコステロが自信満々に繰り出す、カントリーやスワンプ風味を素直に玉成させたとも言えるか。

 物持ちが良くマニア気質を後ろにそらさぬコステロは、02年にライノからデモテイク満載のボートラ版もリイシューした。そっちはいまだに聴いてない。もっと地味なアレンジだろうし、それ聴いたら本盤も、もっと斬新なイメージを持つかもしれないな。

Track listing:
1. The Other Side Of Summer 3:56
2. Hurry Down Doomsday (The Bugs Are Taking Over) 4:05
3. How To Be Dumb 5:12
4. All Grown Up 4:17
5. Invasion Hit Parade 5:33
6. Harpies Bizarre 3:44
7. After The Fall 4:38
8. Georgie And Her Rival 3:38
9. So Like Candy 4:36
10. Interlude: Couldn't Call It Unexpected No. 2 0:22
11. Playboy To A Man 3:17
12. Sweet Pear 3:36
13. Broken 3:36
14. Couldn't Call It Unexpected No. 4 3:49

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