灰野敬二 「Lost Aaraaff」(1974)

 栴檀は双葉より芳し。灰野敬二のブレなさと尖鋭性、時代との遊離ぶりがうかがえる一枚。音楽は古臭い。けれども灰野は流れを超えて新しく、すでに変わっていなかった。

 ロスト・アラーフは1970年に結成、52年生まれの灰野が18歳で組んだバンドとなる。今から40年以上前。しかし、灰野のボーカルは既に力強く、小節線から解放されている。

 ぼくは当然、この時代をリアルタイムでは知らない。けれどもアングラ演劇に通じる非日常感や唐突なミクスチャー、もしくはダダイズムからネオダダへのハプニングやジャンクの無秩序さが根底にあったのではないか。
 既存秩序からの脱退や跳躍、挑戦に反抗。無意味性の暴力的な開放や奔出。それらに価値を見出していたのでは。
 学生運動による、前世代へ「No」を突きつけるパワーも背景にあったかもしれない。この時代は全共闘もリアルだし、あさま山荘は72年だ。

 灰野敬二が、じゃない。時代の潮流が、だ。この音楽の背景に時代の潮流があったのではないか。

 本盤を聴くと、灰野のみ乖離している。即興的に音楽はミニマリズムを強く意識しながら進み、灰野だけが自由に動いている。

 全三曲入りの本盤は91年にPSFが復刻した、単独の盤ではロスト・アラーフとして唯一のアルバム。クレジットは高橋廣行(ds)と灰野敬二(vo,g,sax)がクレジットあるが、音楽はむしろピアノが大きな位置を占めている。
 ピアノはたぶん浅海章。富岳良夫(b)が参加の時もあったらしい。(2)でのアルコ弾きが彼か。

 なおサックスは(1)でキイキイとフィードバックめいた音かな?灰野の声が同時に聴こえる箇所もあり、マイクのフィードバックかと思った。
(2)では明確にフリーキーなサックスが鳴る。00年以降に管楽器を演奏したイメージの無い灰野だが、当時はやってたんだ。

 音源の録音時期は詳細不明。(2)は74年1月26日目黒杉野講堂でのイベント"Electric Pure Land #3"に参加の音源らしい。
 3曲とも録音時期はバラバラに感じるが、さほど音質は悪くない。きっちりマスタリングされて、古めかしくはあるが十分に迫力を持って聴こえた。

 灰野の本「捧げる」を見ると、ロスト・アラーフは結成直後から月に数回のライブをコンスタントに重ねてる。けっして勢い一発でなく、きちんと活動していた。単独でなくイベントに出演がメインは時代か。しかしその場があったことも、ロスト・アラーフがブッキングに成功してたことに意外性を感じる。
 決してこの楽曲は聴きやすくはない。当時なら、なおさら。

 今聴くと、ピアノの規則性が邪魔だ。ドラムはむしろ着実さと自由の片鱗を持ち、どちらかというと灰野に寄った。
 なぜならば全く音楽は灰野に釣られていない。灰野の挑発に音楽で応えず、合間に自分のソロを繰り出す。順番待ちの自己アピールっぽい。
 いわばサンプリング・ループをバックに灰野が自由なシャウトをしてる、とも聴こえる。

 つまり音楽と灰野のボーカルに親和性恐ろしく薄い。ピアノはミニマルを追求しながら灰野という異生物を飼っている気分で弾いてたのではなかろうか。

 ドラムが微妙だな。リズム・キープしながらときおり挑発的なスティックさばき。ピアノはときどき、ドラムには釣られ激しい乱打やフリーなアドリブを提示した。
 だがドラムも小節線やテンポから自由になっていない。灰野のシャウトに合わせ、ちょっと違うリズムを叩くときもあるが。

 そして灰野も孤高だ。孤独、とまでは行かない。音楽を聴きながら絶叫をばらまく、裏声のハイトーンから低い声のアジテーションめいた叫びまで。
 すさまじく幅広い音域、動物的な咆哮から挑発する日本語歌詞まで。それらがテンポもビートもメロディも和音も、あらゆる既存の音楽から解き放たれた。

 これが10代だってのが、驚愕だ。00年以降の音盤で聴ける灰野とはちがう、即興的な思い付きを瞬時にばら撒く要素が強くは感じる。とはいえ同じことを全くしない。つまり自己模倣も繰り返しも無く、常に異なる違和感もしくは斬新なアイディアを出し続ける。
 引き出しと瞬発力と確かな存在感が、驚異だ。

 ロスト・アラーフの音楽性はピアノが主軸を持つ。ミニマルにフレーズを繰り返し、ときおりふっとフリーへ変貌する。いわゆるリフを提示し、サウンドの骨格をしっかり固めた。
 ドラム、時にベースはグルーヴではない。ピアノに寄り添いを基本だ。そしてドラムは前述のように、たまにグッと手綱を握る。それにピアノが応え、ソロの応酬っぽい場面も。

 そのアンサンブルに灰野は必要としない。恐ろしく音楽だけだと単調だが、一応は成立する。だからこそ、今聴くと稚拙で退屈な場面が多い。ドラムくらいかな、まだ聴けるのは。
 
 とはいえ灰野のボーカルが入った瞬間、このサウンドは途端にビビッドさを増す。灰野が主役となり、全てを持っていく。
 この音楽はどうやってリハーサルし、だれが主導権を持っていたんだろう。灰野がハンドキューで指示とも考えにくい。むしろ灰野が全く違う譜割で歌いながら、いわゆるタイトなタイミングでサインを送るなんてあり得るのか。

 灰野はリズムのタイトさを縫うように、自由な譜割で叫ぶ。だが「外れること」が目的ではない。どこまでも奔放で、縛られていない。
 この天才性をどの程度、当時評価されていたのか。評価ゆえの毎月のようなライブ・ブッキングか。

 今聴くと、音楽のうねりが物足りない。灰野の若かりし溌剌さを味わえはするが、それならば今の灰野を聴いたほうが刺激も完成度も上だ。
 だが10代の灰野がどんな音楽をやっていたのか。いかに当時から明確な才能を溢れさせていたか。それらを確認には、本盤は最適だ。
 なんというか、時代を超えた普遍性と、当時の空気感を封じ込めた古めかしさの双方が味わえる面白いアルバムだ。

 たぶん当時、灰野は異物だったろう。今とは違う、立ち位置のえらく狭まれた窮屈な異物だったろう。だがそのスペースをものともせず、剛腕で炸裂する信念もった灰野のシャウトが、本盤には刻み込まれてる。
 
Track listing:
1. Untitled 8:04
2. Untitled 38:37
3. Untitled 14:47
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