灰野敬二 「滲有無」(1990)

 縛られない音楽性が存分に表出した一枚。ひとつながりで場面が変わるさまは、映画音楽のよう。

 灰野の録音作品として、極初期にあたる一枚。歌声と金属の塊を軋ませた音、それにピアノって感じ。
 帯には「待望のソロアルバム」と書かれ、"わたしだけ?"(1981)に続く9年ぶりのリリースとなる。体調不良で活動停止を挟んだため、だったかな。

 ソロ名義ながら完全独奏ではなく、ピアノで松岡隆史が参加した。約53分の一本勝負ながら、実際は複数のテープを繋げたようにも聴こえる。
 ささやき声と絶叫、静寂と轟音がランダムに表れる構成をとっており、非常に音量調節が難しい。最初は小さな音から始まるけれど、抑え気味のボリュームで聴くことを薦める。
 とはいえ本盤、今の感覚だとマスタリング・レベルが低くて大きめの音量でないと物足りないのだが。なおアルバム・タイトルの滲有無は、のちにソロ・ユニット名に変化する。

 不気味な音像はかなり聴く人を選ぶだろう。大きなダイナミズムと拍子から解放された譜割の一方で、淡々としたたるピアノが流れるため。
 その直後に繋がれたリバーブを猛烈に効かせたパーカッションの場面も、本来ならば象徴的な灰野の音楽として聴けるはずなのに、ここでは恐ろしげなムードが強調されてしまう。
 
 もともとメリハリや起承転結にこだわらない灰野だが、本盤では格別に奔放だ。ある構成でひとしきり音楽を奏でたら、次の次元へ向かい別の楽器で新たに音を紡ぐ。そんな非連続性の連結が描かれているかのよう。
 あえてイメージやストーリー性を徹底的に排除しつつ、音楽には断片の連続で緩急をつけた。

 金属質な軋み音とエレキギターのノイズが重なってるかのよう。実際は金属棒を弓で弾いてるのかも。
 演奏音だけでなく、高く軋み揺れる歌声ももちろん現れる。震えながら舞い、譜割を作らず呪術的に高らかな伸び行く声は、とっつきにくくも美しい。

 ちょっと奥まった録音、そして山盛りに溶ける残響。これらが幻想性と夢幻さを本盤で強調した。だが不思議と、耽美や自己愛といった空気は無い。
 徹底的に個性追求の独自な音楽なのに、突き放したクールさが全編を覆った。

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