灰野敬二 「手風琴/The 21st Century Hard-Y-Guide-Y Man」(1995)

 ひたすら持続する軋みが全編を覆い、灰野のボーカルがわずかな彩りを出す。

 比較的、リリースの初期にあたる盤。完全ソロ演奏で、ハーディ・ガーディと徹底的に向き合った盤。
 モノクロの写真による遠景は、妙な古めかしさのイメージを付与させた。バブルがはじけた95年の作品ではなく中世の録音であるかのように。見事なデザインだ。

 アルバム一曲一本勝負でなく、4種類のインプロを録り分けて多少のメリハリを意識した。楽曲ごとのタイトルは無い。アルバムの副題はもちろん、クリムゾンへ引っ掛けだろう。灰野ってクリムゾンは評価していないと聞いた気がするのに。

 灰野は本盤で持続するノイズマシンとしてハーディ・ガーディを操っているかのよう。
 出音をいったんアンプへ通し、それを録音か。完全に生音だとしたらハーディ・ガーディとはなんとノイズマシンな楽器だろう。メロディの持続とは別次元で、軋み音やきらめきなど音楽とは違うビリビリしたサワリが存分に溢れている。

 いったん音を途切れさせ、新たにまた連ねる。そんな空白と噴出のはざますら、音楽へ取り入れた風に見える。偶発的だとしても、意図あるかのように。

 逆にダビングは無し、だろうか。持続する軋み音、すなわちうなり駒とは別に、囀るような高音、わずかなメロディっぽい動きが並列して現れる。
 もともとハーディ・ガーディはドローンを同時に出せる楽器だが。ドローン音はわずかに小節感、もしくは区切りの周期性を聴かせる。それとは全く別のアクセント、タイミングでメロディが空気を震わせた。

 (1)では灰野が無暗に叫ばない。たまにささやき声を提示するくらい。持続するハーディ・ガーディを徹底的に前面に出し、おもむろに本来の響きを絞り出す。最初は音列の断片が連なった。終盤に向けて次第にメロディアスさを増した。エンディング間際の揺れるメロディは、エレキギターでのソロに通じる。

 (2)での持続音は存在するが、ざらつきはぐっと抑えられた。パイプオルガンみたいな荘厳さが先に立つ。連立する和音がおごそかに鳴り、不安定に響いた。
 ここでは一転してドローンが安定さを取り払われ、取りつく島のきっかけとなる。つかみどころ無い音楽で、足元を固めるべくすがる対象に立ち位置が変わった。(1)と比較して、鮮やかな主客転倒の構築と楽器解釈が凄い。
 ハイトーンで声を絞り、ハーディ・ガーディに灰野は混ぜていく。

 より電気的でまっすぐな持続音で始まる(3)は、(1)での混沌が嘘のようにすっきりと音が整理された。逆に生楽器のダイナミズムでなく、電子音の揺らぎを聴いてるかのよう。一つの楽器から、かくも多彩な音色が引き出される。
 途切れがちな音の間や区切りも、かぼそく頼りなげに響いた。

 ドローンと小刻みな軋みが多層的に動く。低く伸びる低音、突っつく高音。その合間をいくつかの音が埋めた。次第に音は太さを増し、探りながら進んでいく。頬を震わせるようないななきが終盤で現れる。まるでハーディ・ガーディから声を出しているかのよう。 最後まであまり盛り上がりを起こさず、緩やかな震えで曲をまとめた。

 (4)は冒頭から激しい世界。(1)に似てるが、もっとザクザクと鋭角だ。これはアンプ経由の録音か。個々の音色が毛羽立ち刺激する。 
 すぐに灰野の絶叫も加わった。声よりハーディ・ガーディの音色が先に立つが。(4)は28分越えの長尺。たっぷり時間をかけて相対を続ける。
 ダビングでなく一発録音と思うが、楽器と声を違う譜割で成立させる灰野の技は本盤でも健在だ。

 力強く絞り出す声。持続し錐揉みする楽器。二つが突き進む。声は断続的に。楽器は延々と。重たく低く、ハーディ・ガーディが吼えた。
 ここでも音を出しっぱなしでなく、時にすっと引いて音像に濃淡を施す。
 そして激しい音にもやがて耳は慣れていく。ボリュームを上げ、さらに音楽へ没入した。
 サウンドは酩酊感を増し、透き通って高らかに上空へ向かう。20分過ぎの透徹感が聴きものだ。
 やがて低い厚みも加わり壮大な音の壁がそそり立つ。そして静かに消え去った。

Track listing:
1. Untitled 18:25
2. Untitled 7:31
3. Untitled 18:30
4. Untitled 28:43

Hurdy Gurdy, Vocals : 灰野敬二

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