灰野敬二 「光 闇 打ち溶け合いし この響き」(2003)

 アコギのみで構成されたアルバム。訥々と自由な世界が、小細工無しで表現された。

 演奏する楽器ごとにアルバムを分け、独奏作品をリリースしてたころの一枚。曲ごとのタイトルはつけず、およお15分から30分まで、比較的長めの作品を三曲収録した。
 アコギゆえにノイジーな場面はない。不協和音めいた響きがしても、サスティンのみですぐに音は溶けていく。

 (1)の最初は爪弾き。3音構成の和音をゆっくりと響かせた。じわり、感触を楽しむように。
やがて音数が増えていく。ばらついて指が引っかかる瞬間みたいな音も、構わず音楽へ溶け込ませて。複数の弦が同時に鳴る。和音ではなく、異なるメロディ・ラインが並行のように。その震える時間間隔が興味深い。

 すべてが即興のため、作品の構成や流れは無い。灰野の興が赴くまま奔放に流れていく。時に停滞、時に流麗。一本調子とは全く異なり、全てがいつも変わり続けた。
 音がつながっているわけでもなく、(1)でも8分ごろでいったん音楽が止まる。空白のあと、別の世界観へ。まるで楽器を持ち替えたのかのよう。
 かき鳴らされるアコギはリズムやメロディの追及とは違う。楽器そのものから音楽を引きずり出す行為だ。
 15分あたりでいったん、テープそのものが止まったような空気の変化もあり。そのまま抽象的に音世界が断続し、余韻を持ちながら終焉へ。
 
 (2)は30分以上の長尺で、冒頭は静かな始まり。残響が消えるまでたっぷり間を置いた。何音か連続で弾いて全休符へ。数音爪弾いてフェルマータへ。無音とギターの音がそれぞれ一つの流れによじられた。
 ときおりパーカッシブなフレージング、ミュートとサスティンを使い分けと、奔放な音世界は留まるところが無い。ミニマルな世界観でなく、ひとつながりの大きな流れを見てるかのよう。

 17分過ぎのかき鳴らしで責め立てるスリルも良い。その時も一弦だけ、ぐっと浮かび上がって聴こえる。サウンドは常にシンプルでなく、複数の要素を感じた。
 分厚く鳴らした後、プリペアード・ギターのように極端な残響を減らし潰れた音を提示し、落差と変化を強調するあたりが灰野らしい。

 (3)は22分の楽曲。これも世界観は一貫しつつ独創を保つ。6分過ぎにハーモニクスみたいな倍音を爪弾き、さらにかき鳴らしと対比する場面が良かった。
 本盤の中で最もリズミックなのがこの楽曲ではないか。不協和音をかなり回避し、涼やかな音色で多彩な風景を描いた。
 だが一筋縄でいくわけもない。13分過ぎに聴ける爪弾きの合間、低音弦からの唸りはうっすらと空気を汚していく。
 そこからどんどん音が小さくなっていき、寛いだ瞬間。がっと強いアタックが入る。安定は許さない。
 終盤でのゆったりと歩を進めるような風景も美しい。間と余韻と空白を生かしながら音は小さく消えていった。

 アルバムを通して、音楽が加速しても空白は生かしてる。
 さらに性急な響き、展開に至っても根幹はアコギの優しい響きが基調だ。だから素朴な風景は依然として続く。時空はリズムから解放され、凸凹した流れ。洗練や整頓とは全く違う。つまづき、ひっかかった。

 本盤ではむやみに音を増やさない。時々ボディをこすったり叩くような残響はあるものの、基本的に特殊奏法も志向しない。ダイナミクスには猛烈に配慮して、聴こえないような小さい音で軽く弦を爪弾くシーンは見られる。逆に生音ゆえ轟音に向かわず、いかに小さな音とフォルテに差をつけるかを着眼点、かのようだ。

 つまり音量や激しさはいくぶん減じた。たぶん生演奏のライブだと、灰野の醸し出す雰囲気から緊張を迫られると思う。
 だがアルバムでは気軽に聴けるため、のびのびと音楽を寛いで吸収できる。それが嬉しい。

 悪戯弾きではない。楽譜やリズム、メロディとも乖離している。でたらめに鳴らせば誰でもできそうだが、大きな間違いである。誰にもこの集中力と多彩な展開と、根本に漂うメロディアスさは出せない。
 アコギの質感が生々しく響く分、灰野の特異な才能があからさまに味わえる一枚だ。

Track listing:
1. Untitled 16:57
2. Untitled 31:18
3. Untitled 22:16

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