ディオンヌの魅力って?

 興味がなかったはずなのに、聴いてみたい。そんなアルバムができた。

 単に気まぐれで、このところはディオンヌ・ワーウィックの音源をデビューからざっと聴いている。感想の目次はこちら
 深い意味はない。過去から別にディオンヌへ何の興味もなかった。「まとめて聴いたら、なんか面白いかな」って単に気まぐれ。ちなみにこのくらい有名な歌手だと、Youtubeで"dionne warwick full album"って検索したら、けっこうな数の音源が違法アップされている。

 さて、聴いてみたくなったのは、"Dionne"(1972)。これだけ、Youtubeに上がってない。なお別に廃盤ではなく、普通にAmazonで手に入る。当時のLP4枚を2枚組にまとめた、廉価版もあり。
 

 ディオンヌはもともとバカラック=デイビッドに見いだされ歌手デビュー。セプターに所属し、バカラックの曲で数曲のヒットを飛ばした。ところが自分の扱いに不満を持ち、ワーナーへ移籍する。その最初のアルバムが、"Dionne"。
 バカラックべったりから脱却か、60年代後半は色々とディオンヌは企画盤も出した。だが根本で古いタイプの歌手、なおかつ作曲やアレンジに手を出さぬために、それら企画盤もヒットせず試行錯誤で終わった。

 ワーナー移籍の"Dionne"は心機一転、でも前の体制も残すよって中途半端な盤。
 だがセプターの縛りが無い分、バカラックが自由に動いた・・・かもしれない。聴いてないのでわからない。
 
 全10曲中、バカラック作品が7曲。うち一曲はカーペンダーズで大ヒットした"Close To You"のカバーだ。ディオンヌは64年に3rd"Make Way for Dionne Warwick"でこの曲を既に歌っており、本盤は再演。彼女が6年たって、どう歌いこなしが変わったかも聴きどころ。
 
 でもまだ注文は入れてない。そこまで、ディオンヌにのめりこんでないしなあ・・・ちょっと聴いてみたいが、他に「もっと聴いてみたい」って盤はいっぱいある。

 本項で書きたかったのは、自分の興味が変化した心境の記録。
 そもそもそこまで、真剣にディオンヌを聴くつもりはなかった。まとめてぱっと聴いて、メモ代わりに感想書いて終わりにするつもりだった。だが好奇心が赴くまま検索して、彼女の音楽に耳を傾けてたら、何度も聴き直してる自分がいて驚いた。

 なぜ彼女がヒットしたか、を考えてたせいかもしれない。アルバムの企画に不満合ったせいかもしれない。まだ70年代までしか聴けてないが。

 ディオンヌは10年早い歌手だったと思う。かといって10年後にデビューしたら、逆に埋もれてたかもしれない。
 普通に聴いてて、彼女の歌はもともと癖が無い。抜群にうまいけれど。声量もダイナミクスも使い分け、なおかつソウルフルなコブシに拘泥もしない。それが黒人音楽のアイデンティティとも住み分け、ポップな王道路線にはまった。

 だが時はビートルズが時代を変えてたころ。シングル中心の活動でデビューし、アルバムで強烈な存在感を出せなかったディオンヌ。それがたぶん大人向けの購買層を狙い、若者向けではなかった。時代はどんどん、若者向けのマーケット狙いに行ったのに。
 この"Dionne"まで、彼女のアルバムはすべてバカラック=デイビッドのプロデュース。アレンジもバカラック。スタジオミュージシャンをきっちり揃え、きれいなポップスを仕立てた。

 しかし何故か「全曲バカラック作品」ってアルバムを、一枚もディオンヌは残さなかった。バカラック全盛期、にもかかわらず。アルバムに数曲は必ず、他の人の曲がある。当時のユニオンの制限で「LPは単一作曲家で作ってはダメ」って規定でもあったの?
 今の感覚だと「バカラック・ソングブック」って企画できっちりとアルバムを作りこんだら、渋谷系やソフト・ロックの文脈でのちに再評価もあったかもしれない。
 当時もベスト盤だと"バカラック集"ってあったみたいだが。

 あと10年遅く、アルバム中心のマーケットなら"バカラック集"ってオリジナル・アルバムが出てたろう。だがディオンヌは本盤、"Dionne"を最後にバカラックらと関係が決裂してしまう。曲提供が再び行われるのは、ずいぶん先の話だ。

 いまさら60年代の再評価をしなくても良い。ましてやディオンヌは自己破産みたいなゴシップこそあれ、歌手としては十二分に評価を得ている。

 頭に浮かぶことは色々あるが、うまく文章にまとめられない。聴き流すはずだったのに、こんだけ気になるところは大歌手の風格ってことなのか。このところけっこうディオンヌを聴いてるが、決して好みじゃないのにな。

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