灰野敬二 「真っ逆さまに落ちてゆく洗脳された「これでいい」」(2003)

 脅威的なスピードと瞬発力に貫かれた傑作。即興の奥深さと、選択の鋭さに唸る。

 歌声とリズム・ボックスの組み合わせによる全一曲、44分の作品。途中でベースや鍵盤っぽい響きも現れるが、どうやって演奏だろう。灰野の生演奏かな?

 主軸は長回しのサンプリング・ループな展開である
 ドラムは生演奏でなく、どうやらサンプリング・ドラムをパッド処理のようだ。
 当時に何度か聴いたライブでも灰野が披露していた、瞬間的にサンプリングを施しさらに音を重ねていくアプローチでアルバム一枚が完成している。

 つまり計算やダビングが存在しない。ここでは声がフルレンジで登場する。低い呟き。ハイトーンのファルセットや喉声から、厳しくつんざく高らかなシャウト。凄まじい声帯と幅広い声域をふんだんに駆使し、新たな音が加わる。
 ここで素晴らしいのは、譜割がすべて別々なところ。ベース音が現れる前半のあたりが顕著だが、歌と演奏のアクセントが全くずれている。多彩なリズム感、の意味では無く、別の時間軸で演奏と歌が成立している凄さだ。

 でたらめでなく、きちんとフレーズやリズムとして存在しながら、相互が見事にずれている。このリズム感は脅威だ。
 そして主役であるボーカルの譜割も、枠を軽々と超えた。小節線も拍子にもとらわれず自由をのびのびと表現してる。

 歌声の人間臭さも味わい深い。何オクターブにもわたる声域をコントロールしながら、時に揺らぎをみせて歪みも音楽に取り入れる。喉を振り絞るシャウトが顕著だ。例えば16:28で生まれる叫び。
 「どうにも」って叫びは途中で喉が揺れ、ピッチが震える。それは演技でなく、たぶん偶発的な声帯と呼吸の震え。幾度もサンプリングで、このシャウトは繰り返される。

 直後に幾層にも重ねられた声を、「どうにも」の叫びは太く貫く。揺れながら。
 透き通った声、もっと震えた声、いくつもの灰野の声を、「どうにも」の叫びは野太く突き刺す。その多層的かつ雄大な世界の、なんと美しいことか。
 リズム・ボックスも複層で鳴る。ループであるが拍子もビートの頭も感じさせぬまま。ループの長さと声のサンプリングそれぞれのタイム感が長めにつながり、整然さを逆の混沌を、機械仕掛けで作り出すさまが素晴らしい。 
 
 それにしてもこれだけのアイディアと構成、変幻自在なひとときを一瞬で創造し組み立てる才能に驚嘆する。
 マルチ録音でダビングの可能性は灰野のポリシーとして、本盤では存在し無いのではと想像する。
 4:07に一瞬のドロップ、14分25秒過ぎの切れ目などいくつかの無音や区切りが本盤には存在する。もしかしたら若干のテープ編集があるのかもしれない。

 瞬間的に偶発性ある声やサンプリング・ドラムを積み重ねながら、一瞬も遅滞や乱雑が無い点が最も驚くべきところ。拍子やコードがきまってるわけじゃ無い。何層にも緻密に重ねた音は、変なループ一発で一瞬にして崩れる。澱み、濁る。
 けれども本盤では、そんな変な瞬間は無い。44分間、ただの少しも。
 灰野の歌声に慣れた人なら、一瞬にして引き込まれ最後まで引きずられる。

 かすかなハウリングやハムノイズもいくつか。そんなPAノイズすら灰野は音楽に仕立てた。サンプリングのつまみをいじってるだけじゃない。灰野はまさに歌いながら、だ。

 しかも人前で。そう、これは「ライブ録音」だ。
 逆にもっと長くテープを回し続け、美味しいところだけ切り取ったって可能性はありえない。
 
 本盤は02年3月31日、吉祥寺スターパインズ・カフェでの演奏。その日のライブは[知覚/眩暈 ver2.0]と銘打たれ、非常階段+石塚俊明、大友良英、宮本尚晃との対バンだった。
http://www.mandala.gr.jp/spc/0203.html
 すなわち灰野の持ち時間は長くとも1時間程度と思われる。本盤が44分。つまりライブの完全収録で、カットしてもせいぜい10分くらい。
 ライブでの閃きがいかに恐るべきか、実感できる傑作だ。

 本盤はフランスのレーベルTurtles' Dreamから、02年に発売された。原題の全文は"'C'est Parfait' Endoctrine Tu Tombes La Tete La Premiere N'essayant Pas De Comprendre Quelque Chose Si Tu Te Prepares A La Decision D'accepter Tout Compris / Endre En Toi-Meme Cela Se Resoudra." 。

 邦題は『真っ逆さまに落ちてゆく洗脳された「これでいい」 何かをわかろうとしなくても 君がすべてを受け入れる覚悟を用意すれば わかれる事は君自身の中で かた がつく』と訳されている。

 Goole翻訳で仏語を英訳すると「"This is perfect" indoctrinated you fall head first not trying to understand something If you prepare for the decision to accept any including / aking into yourself it will resolve itself.」になる。
 ニュアンスは一緒だが、微妙に文学的なのが邦題。日本語とフランス語のどちらが原文かは知らないが。


関連記事

コメント

非公開コメント