菊地雅章/DJ Katsuya 「Solaris」(1996)

 菊地の真意が読めぬ怪盤。バブルは既にはじけてたのに。

 96年に菊地雅章がNY在住の日本人DJと組んで、3枚のシングル盤を出した。その1枚がこれ。本盤でコンビ組んだDJ Katsuyaは、この人かな?
http://www.clubberia.com/ja/artists/3770-Katsuya-Sano/
 アルバムはジャケットあるか不明。ぼくが買った中古は、すでになかった。なお抜粋が、同時期に出たコンピで聴ける。本盤からは(1)のみを収録か。

 
 当時、シングルで出たのは、もう2枚ある。
"Tribe" with Toshiyuki Goto
"Kote`moun yo" with DJ Hiro

 NY録音は菊地が当時、NY在住だからだろう。でもなぜ、日本人DJ?そこで一ひねりしなくたって。アメリカ人DJと組めばいいじゃない。
 さらにサウンドは恐ろしく菊地の色が薄い。本盤はハウスで、メインとなる鍵盤のフレーズ、一音だけひねるシンセ、その二つが菊地だろう。
 
 けれども生演奏の妙味は皆無で、ミニマルなサンプリング。菊地がすべて指弾きでトラックを作ってるようには聞こえない。サンプリングしてDJ側でループもしくは、加工して聴こえる。
 チョッパーのベースがむしろ前に出る場面もあるが、それまたひとつながりのサンプリングっぽい。

 バージョン違いで3曲。マイルスの"On the corner"を気取ったってわけでもない。文字通りの別ミックスが2曲入ってるだけ。特段、何か大きく変わるわけでもない。

 徹頭徹尾、鍵盤はソロを弾かずハウスのトラックが続くのみ。パーカッションも打ち込み。
 ハウスとして聴くなら別に悪くない。DJの名義でサンプリング協力に菊地ってならわかる。
 販売のネームバリューで菊地を立てた可能性はあるが、遡及するはずのジャズファンは、本盤聴いて呆然と放り出すだろう。あくまでビジネスとして菊地が名前だけを貸したのか。

 例えば"Susuto"(1981)や"One-Way Traveller"(1982)でのシンセ・ファンクを求めたら、完全に裏切られる。87-88年の"六大"シリーズの抽象性や、メカニカルさを取り入れた"Dreamachine"(1992)の外し技、を期待しても首をひねる。
 ミニマルな"オーロラ"(1988)が一番近いか。でもこれはまだ、菊地のアルバムだった。
 本盤は菊地のアルバムな必然性が、ほぼ無い。シンセのフレーズが菊地だよと言われたら「ああ、なるほどね」と思うくらい。なんとも淡々としたハウスだ。

 何を考えて菊地はこの盤を作ったのだろう。謎だ。

Track listing:
1. ソラリス(メイン・パス)
2. 同(アフター・アワーズ)
3. 同(ディープ・ゾーン・ダブ)

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