Wax Audio 「9 Countries」(2009)

 ネットで無料配布のみ、興味深いフィールド・レコーディングのアルバムだ。
 編集センスと構成力の賜物と思う。ぜひ、いろんな人に聴いて欲しい傑作。

 Wax Audioはマッシュアップをネットにアップするミュージシャン。たぶん豪州在住の Tom Compagnoniによるソロ・プロジェクト。04年から数年ごとに作品を発表して、寡作だが興味深いものをリリースしてきた。ここで一連の彼の音源を落とせる。
 ぼくが好きなのはこれ。ヴァン・ヘイレンとマイケルを足した"Panama Beat"

 だが本盤はマッシュアップでなく、フィールド・レコーディング音源を編集したもの。05年に仕事を辞め、05年10月から07年3月までまでの2年間に夫婦で世界旅行時の音源をまとめたのが本盤だ。さらに2年間かけて09年に音盤がネットにアップされた。
 
 録音はインドネシア、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、チベット、インド、エジプト、ギリシャの9ヵ国。だからアルバム・タイトルが"9 Countries"。本盤の特設ページのこちらで音源も落とせる。上の総合ページでも落とせるけど。

 サンプリング無し、フィールド・レコーディング音源のみで作られた本盤は、ブレイクビーツや環境音楽とは違う。リズムやメロディ、楽曲性とは無縁ながら、すごくスリリングな"音楽"に仕上がってる。

 楽曲は16曲、一国一曲みたいな縛りは無い。あくまで楽曲にこだわった。だがひとつながりの音楽絵巻として楽しめる。

 (1)は倍音たっぷりな鐘の音を前面に立て、ミャンマーあたりの仏教風景を連想する。そこへ雑踏の日常音を重ねた。唸る読経めいた厳粛さ、日常の雑駁さ、何かのシュプレヒコール。別の国で取った音を重ねてると思う。涼し気な金属音が、緊張を持たせた。

 ぱっと音が消え、メドレーで(2)へ。タイトルの"Belur"はインドの地名らしい。鐘の音とパーカッションのループがブレイクビーツ的なグルーヴを作る。どこか素朴で、エキゾティックな幻想性を漂わせた。

 再び鐘の音を道標に(3)へつながる。場面転換が滑らかだ。ここでは犬の吠える声が一杯。うなりを上げる低音の不穏な空気は何だろう。低音ノイズの小さな炸裂が、日常の雑音と混ざって緊迫感を出す。
 そして空港のアナウンス。旅立ちは様々な金属質ノイズと低音の唸りでシビアに彩られた。がちゃがちゃと執拗に、重たいドアが次々と締まるような音。

 場面は(4)で雑踏に変わる。録音中に話しかけてきた、現地人の片言英語による売り込みをそのまま収録した。「ドキュメンタリー録音かい?おれは色んな機械をいじれるし、翻訳もできる。どうだ?」と売り込む複数の男を、録音してるトムはフレンドリーにあしらう。
 その様子はユーモラスでありながら、まさにハプニングの持つ緊張感も漂った。
 後半はハーシュノイズめいたノイズが増していく。幻想的な男のハミングがエンディング。

 カットアプでパッと切り替わった、歌声。うっすらとリバーブがかかり、サイケな色を持つ。曲名のJokhangとはチベットのラサにある仏教寺院らしい。するとこれは、現地での宗教音楽か。パーカッションがループされ、たぶん複数の音をマッシュアップしてる。
 楽曲として成立しながら、酩酊する不透明さも味わえる面白い曲。


 続く(6)の曲名にあるGyantseも、チベットの地名らしい。今度は宗教音楽よりも雑踏ノイズを前に出し、金物やパーカッション、雷の音などをミックスして奥行きある風景を作った。
 ビート物や記録とも違う、異世界のサウンドスケープ。不思議な魅力が漂う。

 (7)は今度は飲み屋みたいなとこで歌う様子を収めた。アコギ一本の複数の男によるフォークソング。ギャグで調子っぱずれな「ドレミファソラシド」って歌うとこが面白い。
 欧州カントリーみたいな、アメリカのサイケポップみたいな、時に日本のフォークみたいな。いろんな印象が頭を行き交った。

 雨の音・・・車の風切り音?いや、雨だな。(8)は雷が轟く音。やがてガムランがフェイドインし、日常ノイズと滑らかにマッシュアップされた。さらに違うアジア音楽へ。どんどんと音像が変貌し、移ってゆく。

 (9)も残響漂う低音とパーカッション、日常のマッシュアップから幕開け。淡々とそれなりに手数多いパーカッションが鳴り響き、ノイズと入り乱れる。こういう構成力の見事さが、本盤の魅力だ。
 
 (10)はミャンマーの仏教寺院かな。トムは録音にあたり、メロディよりも響きや空虚な漂い、エキゾティックな異文化のパワーに着目して素材をまとめ、夢見心地な世界を作っている。
 学術的な記録でなく聴くための作品を意識しており、冗長さは全くない。

 (11)はギリシャのアイギナ島からインドのラージャスターン州へって意味と思う。曲の印象は仏教の宗教音楽と、ギリシャの民族音楽をクロスフェイドか。
 途中でインドでのたぶん路上ミュージシャンへインタビューを挿入した。くるくると世界が変化して、ぼおっと聴いてると浮遊感を味わえ、じっくり聴くと編集の妙味に唸る。
 
 (12)も宗教の説経かな。アジ演説みたいなスリルも漂った。イスラムかな?仏教かな。よくわからない。途中からパーカッション演奏やアジア音楽にずらし、単調さを丁寧に避けて作られている。

 (13)のバタクとはインドネシアのことか。混沌の雑踏ノイズが少し続き、奔放で伸び伸びした男たちの歌に変わる。実際に演奏が始まると、爽快で雄大なフォーク・ソングに変わる。気持ちいい。

 コラージュのセンスが炸裂は(14)。旅先のホテルのテレビで流れるコマーシャルを、ホワイト・ノイズ挟みザッピングふうに次々小気味よく流してく。タブラが流れる音楽でCMってのが面白いな。トムも気に入ったらしく、2回繰り返された。

 男たちのシュプレヒコールで始まる(15)は、後ろに雑踏ノイズをたっぷり足すことで微妙なリズミカルさが強調された。カットアップでぱっと打楽器演奏へ変わる瞬間が勇ましい。
 そのままシュプレヒコールと打楽器ノイズにリバーブ加工してマッシュアップ。一応小節感があり、うっすらとミニマルな嗜好を出した。

 いよいよ最後、トータル一時間余りのフィールド・マッシュアップな本作を締めるのがインドのベナレスと名付けられた曲。冒頭に戻って金物中心だが、今度は極端に音質を電子加工し、猛烈にストレンジな世界観を提示した。残響と無秩序、そしてエフェクタによる人工性。
 最後はシンプルな鞭をふるうような音で終わらせた。妙にエンディングをでっち上げたり盛り上げず、まだまだ余韻を残して終わった。

 聴きながら思うことをつらつら書き連ねたが、とにかく無心にこの音楽を聴いて欲しい。できれば携帯プレイヤーで屋外に持ち出して。聴くともなく、聴きながら電車の中で雑音に混ざって聴く本盤は、凄い異世界感を演出し離人感でトリップすら味わえる。

Track listing:
01. Nine Dawns
02. Belur
03. Departures
04. A Documentary?
05. Jokhang
06. Gyantse Chants, Bali Prayer
07. Toba
08. Angkor
09. Jogjya
10. Mahamuni Buddha
11. Aegina to Rajasthan
12. Siwa Sermon
13. Batak Singers
14. Delhi Hotel TV
15. Athina 2007
16. Benares

Recorded, edited, mixed, re-mixed, mashed and mastered by Tom Compagnoni 2005-2009

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