Abdullah Ibrahim 「Desert Flowers」(1992)

 シンセでアフリカを表現した怪盤。基本はピアノ・ソロだ。

 アブドゥーラ・イブラヒム(ダラー・ブランド)は意外と無造作だ。自らのピアノにこだわらず、変なアルバムも作ってる。これもそんな一枚。92年にEnjaから発売のソロで、ピアノだけでなくシンセサイザーに興味を示した。
 フュージョンやテクノが一世を風靡した70年代や80年代ではなく、92年になってからってのが奇妙だ。イブラヒムの盤をすべては聴いてないが、この盤へ至る前に何があったのだろう。そして本盤以降も、特にシンセへこだわった盤もないように見える。

 冒頭からいきなりシンセのソロ。海外のレコ評で瞑想的とあったがうまく飾った表現だ。迷走的と言わないだけ洒落ている。サウンドスケープ、もしくはヒーリング音楽にも使えそうな、広がりある優しく柔らかい響き。これだけ聴いたらイブラヒムの盤とわからない。彼のイメージである、雄大さはあるけれどゴツッとしたリズムやグルーヴはほぼ消されてる。

 (2)からはピアノ・ソロ。ここから味わい深く安心して聴ける。挑戦を味わず寛いで聴いてしまうのも、聴き手として面白みが無いかな。
 数分で終わらせるオリジナル曲が並んだ。
 緩やかで重たい響きの(2)から、南アの独特に弾んで漂うリズム感が満載の(3)へ。少しさみしげ、しかし頼もしい。繰り返されるオスティナートが酩酊を誘い、力強く叩く響きはダイナミクスは希薄。エレピのように平板に鳴る。この大らかなタッチが、独特で好きだ。

 短く区切るだけあって、曲調は色々に広げた。(4)は残響を深く響かせ、小節感を希薄にロマンチックで音数少ない響き。うなりや遊びでなく、きちんとした歌をイブラヒムが聴かせた。英語の歌詞で、右手は歌声と時に寄り添い、時にカウンターのおかずを入れる。
 低く呟くような歌声は、厳かにメロディを刻む。これも異質なイブラヒムのアプローチ。

 (5)も(4)につながるムードで、緩やかに鍵盤を鳴らした。今度はインスト。穏やかでムードある世界をゆっくり作る。黒っぽさ、ダンサブルさは消してメロディの断片を紡ぐかのように。
 ただしメロディそのものはしっかりと力を持っている。探るように、ではない。強い前に進む意思はある。ただ、次々に音を提示しないだけ。

 一転して(6)は(2)に通じるアフリカンなビートに。ただし抽象的でフリージャズ寄りの音使い。リズムの連続性も薄い。けれど幅広いトリルのような和音感や、弾力もって弾むリズム、雄大さはイブラヒムならではの南ア・サウンドの表現だ。

 (7)もイブラヒム流のバラードだが、これはスタンダードを演奏のように流麗さとオーソドックスな流れを持つ。しっとりと粘るフレージングと、着実に拍を提示する左手。
 バランスよく整ったピアノ・ソロだ。残響たっぷりに広げる和音の使い方がイブラヒムの味っぽい。時々つまづくように譜割を揺らす感覚も含めて。

 (8)はキュートでスロー・テンポの一曲。これも冒険心を抑えた、スタンダード的なアプローチ。ゴツっとした演奏の時は、埃っぽいジャズクラブの片隅を連想する。だがこういう洗練された演奏はホテルのラウンジや高級クラブの風景に似合う。
 両極端の振り幅な演奏を自在に行き来する、懐の深さがイブラヒムの魅力。それはこうして一枚のアルバムであちこち飛ぶのを聴くと、しみじみ思う。
 楽曲そのものも4分と短めだが、なんだか一つのロープをたどってるかのように、するすると一直線にメロディが流れてエンディングに到達した。

 コルトレーンへ献呈と銘打った(9)は、穏やかなバラード。これもイブラヒムのボーカル入り。ちょっとかすれ気味で音程が揺れる声で、英詩を歌う。リズムは希薄、和音を押しながら、ときおり細かいフレージングで歌を飾る。
 あまり深刻さは無く、むしろユーモラスなアプローチかもしれない。けれどしっとりした雰囲気が、まじめさを強調するのだが。和音感はハードバップか。少し調子っぱずれ気味のフレーズがピアノで紡がれた。
 歌ものに終わらず、終盤数分は跳ねるフレーズでのピアノ・ソロの時間も取っている。

 (10)は穏やかな南ア・グルーヴの一曲。和音はあまり濁らず、ふっくら柔らかい。むしろメロディがぎゅっと詰まり、丸く転がる展開をした。和音が変わるたび、きらめくような印象を受ける。この爽やかで懐深い瞬間が気持ちいい。
 大きく展開を期待させつつ、そのままあっさりと終わってしまう。

 そして(11)が再びシンセのソロ。今度は風切りを連想する音色。草原の波打ちか、まさに大海の波打ちか。日本人の妻を持つイブラヒムが「水/Water」と銘打つ以上、イブラヒムのイメージは水で間違いないけれど。
 ビート感はない。揺れる小さなシンセの響きがちょっとしたノリをつくる。すこし不安げ、でも涼やかな風景が広がる。船で大海を旅する光景を脳裏に浮かべた。
 
 通して聴くと色んなアイディアを一枚にまとめた、まさに一年間のアルバムって感じの作品だ。心象風景、折々の想い。それらを無造作に楽曲へまとめ、さらっとアドリブを入れてジャズに仕立てる。飾らない、素直な一枚。

Track listing:
1. The Praise Song 4:49
2. Just Arrived 4:49
3. Ancient Cape 4:35
4. Desert Air 4:53
5. Come Sunday 4:55
6. District Six 3:30
7. Sweet Devotion 5:59
8. Edie 3:59
9. For John Coltrane 7:55
10. Tsidi 3:13
11. Mizu / Water 5:09

Personnel;
Piano,Synthesizer,Vocals - Abdullah Ibrahim

 

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