Cut Chemist 「The Audience's Listening」(2006)

 かっこいい音しか聴きたくない。そんな美学が詰まった盤。

 テクノやブレイクビーツは贅沢な音楽だ。夾雑物やストーリー性をどんどん排し、気持ちいい音だけ集めてる。そればかり聴いてると、お仕着せをあてがわれてるような気にもなるけれど、極上の盤を聴いてるとひたすら楽しいひとときが続く。
 ちなみにこの連想で「俺もかっこいい盤を発掘してやるぞ」ってレコ屋へ突入する場合もあるが、たいがいはゴミの積層にうんざりして気持ちがしぼむ。

 ブレイクビーツは基本的にダンスを想定してる。だがこの盤はダンサブルでありながら、楽曲ごとにBPMを自由に変えてアルバムの完成度や流れも構築した。

 本盤はジュラシック5のメンバー、カット・ケミストの1stにして今のところ唯一のソロ。DJミックスやコラボは色々あるし、カット・ケミスト名義の盤もいくつかあるが「ソロ名義」としては、この10年で本盤のみらしい。なんか意外。
 なお発売10年を記念して、デモなどを集めた"The Audience's Following"がこの7月にリリースされた。


 全12曲。サンプリングを組み合わせ、多彩なリズムを繰り出す。
 冒頭(1)の裏打ちギターはFrank Chacksfield and His Orchestra"Get Back"(1970)。

 よくこんなキッチュなカバー盤を見つけて、しかもかっこよく仕立てるなあ。ド頭から、軽快なリズムに沸き立つ。さらにこの曲、ジュラシック5の曲もサンプリングしておりマニアにはいろいろ深く愉しめるらしい。

 短いイントロ的な(1)からティンパニがずんずん鳴る(2)に。本盤は数曲でマイナーなラッパーが客演するものの、基本はブレイクビーツのみのインスト集。人の声は多くサンプリングされてるが。
 メロディーらしきものは無いけれど、上物のラップが入る隙も無く緻密にサンプリングが組み立てられ、いかしたビートを提示する。

 (3)でいきなりテンポ・チェンジ。90年代の細野晴臣を連想する、穏やかなシンセが漂う。偶数拍で平べったいビートが鳴り、きっちりリズムは提示するけれど。
 実際のネタ元はHarley Toberman"Thoughts in Time"(1982)。このHarley Tobermanも面白そうなミュージシャンだ。
 なお、(3)の途中に出るふわっとしたシンセのネタ元は分からない。

 
 短い(3)を経て、ビリンバウをサンプリングした(4)に。スクラッチ技が冴えた。Astrud Gilberto"Berimbau"(1966)がネタ元。さらにビートやフレーズを足して、厚みあるグルーヴに仕立てる。中間の柔らかなストリングスはQuincy Jones feat. Valerie Simpson"Summer in the City"(1973)から。
 ブラジルの寛ぎとリズムの緊張が、足されるビートでさらに強調され寛ぎとスリリングの双方を両立させた。聴くほどに細かなセンスがカッコいい。

 声サンプルを多用し、ジャズ・ピアノからプッシュホンのSEに抽象的なスクラッチ加工へ。(5)はクールでどこかネジの飛んだ危ういスリルを演出した。ビートはサンプリングのライド・シンバルに任せ、時にビートを止めて何が起こるかわからぬ緊張を描いた。
 逆に(6)はフロア対応のDJスタイルを前面に沸き立つムードを出した。Parliament's "Big Footin'"(1975)を大胆にサンプリングし、勇ましく聴き手を煽る。"Yeah!"ってシャウトは誰?JBかな?LPの針音ノイズすらもリズムに加わってるかのよう。
 ここで初めてHymnalを客演に招き、ラップを足した。

 50年代女性ハーモニーをイントロにエフェクタ処理で、へんてこラウンジムードを演出が(7)の冒頭。さらにリズムが足され、抽象的だがビートの聴いたイメージだけがぐいぐいきた。
 終盤のシンセ・アルペジオと、乾いたウッド・ブロックのアンサンブルもヘンテコで良い。ネタ元はJohn Baker and BBC Radiophonic Workshop"Radio Nottingham"(1968)。

 楽曲として完成度高い(8)はイントロがスクラッチでもどかしくタメて、90年代っぽいリズムを充満させた。ラッパーはEdanとMr. Lif。本盤参加のラッパーは、今に至るも売れてはなさそう。出身地もバラバラ、地元仲間でなく青田刈りで全米の才能をカット・ケミストは狙ったか。
 リズム構造は小刻みだがシンプル、まくしたてるラップの小気味よさとDJスクラッチのスリルが交錯する。

 もう一曲のラッパー参加曲、(9)。若干ジャジーに仕立てた。Thes Oneは最後に現れるのみ。主役はブレイクビーツ。ふわふわと優美に漂う。夜が明ける薄もやのイメージが脳裏に浮かぶ。闇が薄れ、喧騒が始まるかのように。

 (10)でBPMはぐっと下がり、ちょっとくたびれた雰囲気も。この曲も良い曲だ。つぶやく"Spoon"ってサンプリングが、大騒ぎしたパーティの余韻みたいにジワッとねっとり空気を揺すった。
 中盤でリズムが足され、調子っぱずれなギターが崩れたアルペジオを鳴らす。この危なっかしい雰囲気が好きだ。そして楽曲は淡々と続き、"Spoon"って呟きも漂う。さらに回転数を変えたり、奇妙さを強調するDJテクニックも面白い。

 スクラッチを駆使した明るい(11)は(4)に続きボサノヴァ風味。くっきりしたエイトビートを足してリズムは前のめりに勇ましく蹴飛ばした。
 変化を途中でつけ、リズムは揺らぐ。けれど安っぽいが着実なエイトビートの推進力が妙に印象に残る曲だ。(1)に通じる景気良さもあり。

 アルバムとしては最終曲の(12)。前曲のビート感をそのままに、60年代サイケ・ロックの混沌さを演出か。アルバムのテーマ、と銘打ったこの曲はビートが混沌に走り、複雑に揺れる。音楽要素も雑多でスクラッチも滑り込む。
 まさにDJスタイルを象徴した曲。いろんな時代、様々な楽曲のカッコいい部分だけを抽出して詰め込んだ。
 
 何度聴いても楽しい。しかも込み入ったDJスタイルとサンプリングで味わいも深い。ビート感がバッチリで、ラップに潰されることも無い。すごく良い盤だ、ほんとうに。

Tracks listing:
1. Motivational Speaker 1:48
2. (My 1st) Big Break 4:30
3. The Lift 1:25
4. The Garden 6:16
5. Spat 2:21
6. What's the Altitude (featuring Hymnal) 4:23
7. Metrorail Thru Space 3:56
8. Storm (featuring Edan and Mr. Lif) 3:28
9. 2266 Cambridge (featuring Thes One) 2:34
10. Spoon 5:31
11. A Peak in Time 4:52
12. The Audience Is Listening Theme Song 2:20

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