不失者 「悲愴」(1994)

 加速するリフを強調した、骨太な混沌と制御。

 灰野敬二が率いる不失者の4thにあたる。タイトルもジャケット・デザインも似通っており区別がつかず、CDの枚数で判別する1st(1枚)と2nd(2枚)。ディスクユニオンのレーベルAVANからリリースの"寓意的な誤解 [Allegorical Misunderstanding]"に次ぎ、発売された。
 CD1枚、全4曲入り。最初が5分、次第に収録曲が長くなり4曲目は44分の長尺となる。

 初期の灰野敬二において、ソロと不失者の差は他人の音を取り込むか、だと思う。ソロでも共演するが、それは異物として個性の対話だった。拒絶や距離を取る意味ではない。
 互いに別の人格だ、と尊重して音楽を作り上げる。

 だが不失者はバンド、だ。灰野の音楽でもあり、三人の音楽でもある。灰野はフロントマンの役割を取り、すべての音に責任を持つ。だがドラムとベースを支配はしない。要求はしてたと思うが。とにかく出る音は灰野の音楽でありメンバーの音楽だが、一つの集合体として、バンドの音楽である。

 灰野は強烈な個性と独自性を持つ一方で、不失者では受容性と柔軟性を見せた。どんな音楽でも灰野のエレキギターとボーカルが鳴れば灰野の音楽な一方で、不失者はバンドとしての統合的なサウンドにも至っていた。

 本盤はリフを生かした演奏だ。(1)はリフのみの強靭性。淡々と繰り返されながら、音に芯と凄みがある。ロックのダイナミズム、美しさとかっこよさを抽出した感がある。

 (2)はリフからボーカルが滲みだす。この盤ではダビングが無く、すべてが一発録りと思う。だが規則正しいリフを弾きながら、全く違う譜割で伸びやかに歌を提示する灰野。そのリズム感が驚異的だ。
 ハウリングのようなノイズの偶発性も音楽へ取り込む。終盤の余韻も素晴らしい。

 (3)は重厚なリフからギター・ソロへ向かっていく。歌からアドリブのギターへ。15分を超える作品だが、構造そのものはいわゆるロックの方法論を忠実に取った。
 歪み、軋み、メロディとも奔放なかきむしりともとれるギター・ソロ。灰野のソロはいわゆるテクニカルな運指とは無縁だが、不思議な浮遊感とスピードを常に持っている。

 なおここまで、リズムは同じフレーズを執拗に刻みながら、決して単調に至らない。馬鹿正直に同じことを繰り返してるわけじゃ無い。微妙に揺らぎ、時に変化もある。だが愚直にリズムが同等のテンションと強度を持って奏でられる。
 ドラムとベース、二人の頼もしさが充満し、持続と微細な変化の二つが同居する。奔放に暴れ倒す灰野と対比が興味深く、なおかつ灰野の個性をがっぷり受け止めた。

 小沢靖と小杉淳、稀有な才能が見事に不失者として昇華している。もはやこの三人で演奏は叶わない。だが不失者は、この三人でこそ成立と思う。その後の新たなメンバーである不失者は、灰野の咀嚼力と許容度合いが増したゆえに、不失者とは違うユニットな気がしてならない。

 最後の(4)は混沌から始まる。自由にドラムとベースへ動きを与え、フィードバックとディストーションに包まれたギターが轟然と立ち上る。メロディがあってないような、演奏方法と指が全く読めない灰野のエレキギターが吼え、リズム隊が無秩序な世界を疾走する。
 音は崩れつつ制御されており、高音の軋みと貫きが広がりと鋭さを持って響く。ライブならばあっという間に耳をやられる轟音だが、自分の好みの音量で聴けるのが音盤のありがたいところ。

 ドラムは動きがわかる。ベースは音に埋もれている。けれども低音が動いてるさまは聴きとれる。フレーズよりも空気の振動として。ベースが単音を繰り返し、ドラムが応えるようにスネアを連打する。
 灰野は全く関せず、実際はすべてを吸収発展させエレキギターを沸かせた。

 拍子とは無縁のドラム。リズムから解放されたベース。双方が小節感の全くないグルーヴをつくる。
 エレキギターに至っては、どこまでが制御でどこからエフェクタの響きかすら区別がつかない。素晴らしくかっこよく、凄まじくクールだ。なおかつ、煮えたぎる熱さもあり。

 8分過ぎにようやく灰野のボーカル。すぐに歌いやめてしまうが。甲高く叫ぶ透徹な灰野の歌声は、歌詞も非常に象徴的で重要なニュアンスを持つ。だが本盤では響きが優先され、何を言ってるかぱっと耳に入ってこない。それも、この盤ならではかも。

 ギターは延々と混沌へ手を突っ込み続ける。リバーブでループをさせてるのか、途中で複数の音像が混ざり合って聴こえる場面もある。うなりを上げる轟音の中で、違うギターの揺らめきが聴こえるのだ。具体的には16分あたり。

 25分過ぎにドラムの手数が少し増え、加速感を感じる。ギターは相変わらず鷹揚に吼え続ける。冒頭から何も変わらないのに、変わり続けた。だがリズムの変化を受けて、少しばかり加速した気がする。数値的に表しにくいニュアンスの中に置いて。
 抽象的と言わば言え。聴いてほしい。なるたけ、集中して。ノイジーな轟きがいかに芳醇で、ロックの美学のみを抽出してると痛感するはずだ。

 そして29分過ぎ、急に風景が鮮やかに変わる。この変貌も見事だ。編集ではない。ギターのノイズを一瞬に回収し、広がりある透明な響きへ変化させる。魔法のような瞬間だ。
 エレキギターの響きは続き、最後は不思議に涼やかで美しい和音感を感じさせる。音は飽和し、シンバルの連打と低音のうっすらした動きがギターに溶けていく。
 ざっと音が消え、新たな弦のうねりへ。空白を強調し、三人が揃って歩を進める。規則でも段取りでもなく、呼吸を合わせるかのように。残響とアンプのノイズがしばし、続いて幕。

 アルバムの中でエレキギターは常に鳴り続けている。だが連続ではない。音程の変化があり、持続の合間が存在する。比率で言ったら音が出てる時間のほうが圧倒的に長い。けれど音が移り変わる瞬時の区切り、極微な一瞬の途切れも含めて音楽が成立してる。音楽が本当に自由で、自在だ。

 灰野啓二の音楽へは、頻繁に触れていない。聴くのに覚悟がいる。耳に優しくもない。
 しかし聴くたびに、斬新さと奔放な懐深さにハッと感じ入る。

 本盤は灰野敬二、42歳の演奏。70年代から活動するが初期音源は極端に少ないのと、80年代は闘病もあり、音盤で追える灰野の本格化は90年代以降となる。不失者の活動開始も79年らしい。1stアルバムは89年と10年後ながら。当時は今ほど、音盤化のハードルが低くなかった。

 今でも灰野が健在でライブを積極的に行ってくれてるのは、ほんとうにありがたい現実だ。ぼくのほうの事情で、全く今はライブに行けていないが・・・。
 唯一無二の存在感で毎回、全く違う世界を提示する灰野の真骨頂はライブでこそわかる。暗闇、轟音、緊迫感など気軽に行くには敷居が高いけれど。なおかつマーク・ジェイコブスがらみの注目度アップで、今後はさらに生の灰野を体験するハードルが上がるのかもしれぬ。
 
Track listing:
1.Untitled 5:00
2.Untitled 9:35
3.Untitled 15:59
4.Untitled 44:21

Personnel:
灰野敬二:eg,vo
小沢靖:b
小杉淳:ds




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