Judith Hill 「Back In Time」(2015)

 晩年のプリンスが一押しした、女性シンガーのデビュー・アルバム。

 最初はさらりとしたファンク風味のソウル・アルバムに聴こえた。だが聴き重ねるうちに、実に丁寧な作りと少し隙のあるサウンドとしみじみ感じた。

 3rdEyeGirlのようにプリンスのペルソナでなく、あくまで一人のクリエイターとして本盤でジュディス・ヒルは存在してる。だがサウンドはプリンスの香りが漂い、3rdEyeGirlのようなメインの活動と対比する立ち位置になっていたかも、と思わせる。

 事故死の前年にプリンスが全面関与なアルバムとあって、変なフィルターを意識にかけて聴いてることは否定しない。そもそも本盤、最初はペイズリー・パークでのライブ限定とヒルのオフィシャルWebのみで発売。ちょっと変わった流通で入手に少し手間取ったし。でも、本盤は単なるお仕事でないプリンスの入れ込みを聴きとりたい。

 なおミックスとマスタリングは"HITnRUN Phase One"で全面関与のJoshua Welton。そのせいでEDM路線な"Hitnrun Phase One"の対比として、肉体的な本盤が存在するように聴こえてならない。

 ジュディス・ヒルはもともとマイケルの"This is it"(2009)ツアーでデュエット・パートナーに起用、の話題で名を上げた。その後、縁あってプリンスの目に留まりペイズリー・パークで録音を開始。15年の1月から2月であっという間に録音する。プリンスがプレス向の試聴会で「今までで最も早く録音したアルバムだ」と持ち上げたとか。

 プリンスは名前だけでなく、演奏にも参加。というか全面的な支援だ。もちろん、プロデュースも。
 作曲クレジットは共作も数曲あるが、すべてヒルのオリジナル。プリンスのクレジットは無い。プリンスの場合、クレジットはいまいち信用できないのだが。聴いてもメロディ・ラインはプリンスではない、と言われたらそうかなあって感じ。
 つまりもろ、ではない。だがアレンジには豊富なアイディアが投入され、なんというかプリンスの香りがぷんぷんする。

 生演奏一辺倒ではない。打ち込みやデジタルな要素もある。だが単にヘッド・アレンジではない。実に細かいアレンジが施された。このアイディアやまとめにプリンスが大きく関与していそう。なお演奏でもVocals, Guitar, Bass, Drumsと明確にプリンスが記載された。

 鍵盤、と書いてないのが面白いな。クレジットを信用するならば、鍵盤はヒルに任せてあくまで彼女を立てた構造だ。一人でカラオケを作り上げ、ほら唄えって渡したわけじゃ無い。
 なおプリンスの声は少し甲高く聴こえる。これもヒルを立てる気配り、とは想像しすぎか。
 全編で暖かく丁寧な作りながら、どっか少しだけ遊びがある。これはプリンスが締めつけ過ぎを避け、ヒルのみずみずしさを演出したと思ってしまう。

 ドラムはNPGつながりのJohn Blackwell, Kirk Johnson。ベースのAndrew Goucheや鍵盤のXavier Taplinもトラ的にNPGへ絡んでた。(3)に参加のベーシスト、Robert Lee Hillはヒルの父親だそう。
 どっちみちサウンドはプリンス一派がどっぷりだ。
 
 なおヒルの母親は日系らしく、ヒルは日本語があるていどわかるらしい。(2)で「みなさん。盛り上がっていきましょう。準備してください?」ってシャウトあり。ただしアクセントや発音はぎこちなく、堪能ではないのかも。
 
 SP風の針音を乗せ潰した音色の歌声をイントロに、ファンキーな(1)が幕を開ける。乾いた音のギター・カッティング。演奏はすべてプリンスか。歌声の背後でなぞるようにプリンスがボーカルを乗せた。鍵盤だけ打ち込みっぽい。

 どっか遊びあると感じたのが(2)。もろにファンキーで、プリンスの作曲と言われても頷けるのだが。詰めが甘い。歌もデュエット並みにプリンスの声が載ってるのに。
 ただしアレンジは緻密。細かいフレーズが行き来して、なおかつブレイクを細かく入れ飽きさせない。ボーカルもファルセットなどでアクセント入れて細かいよ。

 EDMぶりぶりな(3)だが、オーケストラを静かに入れて機械とアコースティックの融合を見事に魅せた。サビでの鮮やかな浮遊感も素敵だ。このロマンティックさが美しい。 鍵盤と打ち込みビートが行き交うアレンジを、しなやかに歌が伸びていく。低音でプリンスはねっとりとハーモニーをかぶせた。

 (4)は生ピアノのしとやかな雰囲気の裏で、ベンドするベースのおかずが凄くかっこいい。コード弾きっぽく爪弾くピアノへ、音数少なく平歌が進む。やがてかぶさるベースとドラム。ストリングスもさりげなく。
 豪華な盛り上がりを緩やかに流れさすアレンジの見事さよ。あくまで歌を立て、バックの音を乾いた響きのミックスも素晴らしい。

 この杭打ちドラムは、間違いなくプリンスだ。ドライでモタリ気味に刻むビート感がカッコいい。16で刻むハイハットはダビングかも。
 メロディはオーソドックスな響き。プリンスのアレンジっぷりが異物感あって楽しい。
 キュートな(5)も、ピアノの拍頭を叩く弾き語りで成立するが、さらにギターやドラム、ベースを足してコケティッシュな魅力を増した。プリンスがそっとコーラスでも加わる。
 さらにホーンをアクセントに載せた。このサウンド感は"Hitnrun Phase two"でまとまった、この当時の一連のシングル曲につながる耳ざわり。畳みかけるサビの譜割と、平歌の緩やかな譜割の対比も良い。

 日本のわらべ歌みたいに切ない土臭さが香る(6)。ぽん、ぽん、ぽん、とメロディが執拗に動いた。演奏はむしろメロディの力強さを称え、カウンターやオブリに留まる。静かにビートが刻み、管が楽器を変えくるくると歌の合いの手で盛り上げた。
 この曲もメロディはむしろ一本調子。しかし次々に異なるパターンで歌が飾られ、ドラマティックに仕上がった。このアレンジも凄い。

 アイディア一発風のファンクな(7)。3分弱の小品で、曲の合間を切り取ったような唐突さと進行感が滲む。何とも頼りなく、つかみどころ無い。
 もとはスパイク・リー監督"Red Hook Summer"(2012)の提供曲だそう。このインタビューの裏で、ちょっと聴ける。アレサ風に声を張るR&Bなアレンジか。

 プリンス版の本曲は、ちょっと抑え気味。ファンキーさはそのままだが、打ち込みビートと混ぜたドラムは、ぐっとノリを首根っこ掴んで押さえる。それがじわじわと凄みにつながった。

 ドラムのノリをそのままに、(8)へ繋げた。冒頭からファルセットで現れ、プリンスかと一瞬思った。すぐに地声で歌っていくが。バンド・サウンドでリズムを作り、細かなコーラスやホーンのダビングで豪華さを出す。ビブラスラップが一鳴りしたり、芸の細かいアレンジもたっぷり。ホーンの鮮やかなフレージングがプリンスっぽくていいなあ。
 
 ブルージーなスローの(9)は、ゴスペルにも通じるか。ヒルの歌声が伸び伸び聴ける。例えば(8)とは違う、くい打ちのプリンス・ドラムに乗って。
 ヒルの歌い方はもともとなのか、プリンスの粘っこい歌に近づいてる。楽曲はともかく、細かな節回しにプリンスの影を感じてならない。楽曲そのものは60年代ソウルの王道を丁寧になぞった。ただ、整然なホーン隊を筆頭にカッチリした演奏が今風だが。PVはこちら。


 (10)も古めかしいR&Bスタイル。アルバム全体を通すと、ヒルのスタイルはトリッキーさは無く、伝統を丁寧に押さえてる。このドラムもプリンスっぽいなあ。
 歯切れ良いホーンがメリハリつけ、しゃきっとしたコール&レスポンスを作る。ハーモニーはヒルの多重録音だが、うっすらとプリンスもいるように聴こえた。

 最後の(11)。この楽曲はプリンス風なロマンティシズムにあふれてる。打ち込み風のドラム寸断とギターの残響。それが中盤でEDMの幻想的で緻密な広がりに包まれた。だがギターなどは残り続け、生演奏ならではのダイナミズムを残し続ける。

 うーん、やはりこのアルバムは芸が細かい。隅々まで考え抜かれてる。その一方で、ストレートで素朴なヒルの味が、どこか一本の隙というか遊びになった。

 アルバム全体のPVはこちら。終盤でプリンスが現れ、スタジオの外に締め出される茶目っ気を見せた。ああ、長生きしてほしかった。


Track listing:
1. As Trains Go By (4:34)
2. Turn Up (3:28)
3. Angel In The Dark (4:08)
4. Beautiful Life (4:02)
5. Cure (2:42)
6. Love Trip (3:01)
7. My People (2:43)
8. Wild Tonight (4:18)
9. Cry, Cry, Cry (5:06)
10. Jammin' In The Basement(3:32)
11. Back In Time (3:45)

Personnel:
Producer - Judith Hill, Prince
Mixed By, Mastered By - Joshua Welton

Vocals, Piano - Judith Hill
Vocals, Guitar, Bass, Drums - Prince

Arranged By [horns] - NPG Hornz
Orchestra [arranged by] - Michael Nelson
Arranged By [strings] - Judith Hill (tracks: 3)

Co-producer, Drum Programming - Trooko (tracks: 3)
Co-producer, Programmed By - Joshua Welton (tracks: 3, 11)

Bass - Andrew Gouche, Robert Lee Hill (tracks: 3)
Drums - John Blackwell, Kirk Johnson
Keyboards - Dominique "Xavier" Taplin
Horns - NPG Hornz

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