Martika 「Martika's Kitchen」(1991)

 プリンスを利用した唯一の女ではないか。素材としてプリンスを取り込んだ一枚。

 さまざまな女性ミュージシャンがプリンスと関わってきた。たいがいはプリンスの主導でサウンドが作られ、そのカラオケを下賜されるのみ。もしくはプリンスに好き放題プロデュースされた。
 だがマルティカは違った。本盤でプリンスのサウンドをたっぷり取り込みつつも、あくまでアルバムの一要素に仕立てた。そのしたたかさが奇妙な魅力を放つ。

 別にアルバム全部の一部がプリンスの作品ってのが珍しいわけじゃ無い。むしろほとんどが、そのパターン。数曲、話題作りのようにプリンスから曲提供を受けたシンガーのアルバムは、無数にある。

 その多くのアルバムと本盤が明確に違うのは、アルバム全体をプリンスのイメージと思わせつつ、実はごく一部。さらに聴き進むにつれ次第にプリンスの印象が薄まっていく。
 だが決定的な名曲、"Love... Thy Will Be Done"をしっかりマルティカはゲットした。しかも自分のクレジット付きで。プリンスが振り回された、とは言わない。だが本盤を概観したとき、プリンスの色が濃いように見えて、実は単なる一要素。話題作りと美味しいところだけ吸い上げて、マルティカはしっかり自分のアルバムに仕立てあげた。
 
 12曲中、プリンスの関与は4曲。しかしアルバム冒頭にプリンスの楽曲を3曲並べ、ぱっと聴きでプリンスのイメージを強く植え付けた。このセンスがしたたかだ。
 自分の名前まで冠した(1)を筆頭に、たぶんこれはプリンスの作り上げた完パケにボーカルを挿入したのみ。ブートで聴き比べもできる。プリンスのバージョンだけ並べてみよう。(10)だけブートがYoutubeで見つからないが、プリンス版の音源はブート業界に流出済みだ。

  

 聴き比べるとわかるが、あまりマルティカは工夫してない。プリンスの粘っこいボーカルを、するりと歌いこなし毒を抜いたくらいか。(1)はプリンスのほうがテンポ重たく、ファンキーさが強い。ぼくの好みはプリンス版だがマルティカ版の軽やかさも捨てがたい。

 なによりも本盤の価値は(3)。のちにプリンスもライブでしばしばカバーしたバラードの名曲だ。本盤の1stシングルでもある。マルティカかスタッフの目は曇ってない。
 ささやき気味にマルチ・トラックでハーモニーも足したマルティカの盤は、プリンスの毒をすっかり抜いてクリーンながら、奥底にアクを残してる。その濾過具合が絶妙で、さりげないバラードに仕上がった。薄くプリンスっぽいハーモニーも残し、コラボっぷりが良い。

 Prince Vaultによれば本楽曲が最初にできたという。その出来を喜んだマルティカが、さらに楽曲をプリンスへお願いしたそうだ。プリンスも本曲の手ごたえを最初から感じてたらしく、ペイズリー・パーク名義でのリミックスまで公式に発表した。マルティカのベスト盤に収録あり。

 本盤発表の数年後、プリンスはニュー・パワー・ジェネレーションのアルバム"Exodus"用にセルフ・カバーも実施。もっとも選曲の過程で本曲は最終的に外された。ブートでは聴けるが公式には没となり、プリンス版はお蔵入り。
 けれどもライブでは幾度もプリンスは(10)を唄っている。よほど印象深い楽曲と思われる。確かに、良い曲だ。

 そしてアルバムは(4)に進む。80年代プリンスをほうふつとさせるアレンジと、シンセ使い。ほんのりとラテン風味も漂う。プロデューサーはChristopher Max。88年に自らのソロもリリースしたミュージシャンだが、このあとは特にリリースがないようだ。
 マルティカのセンスは凄い。プリンスをつかわず、そのまま似たようなテイストをするりと繋げた。


 だが次の(5)でマルティカは別のアレンジャーを立てる。というか、一曲ごとにミュージシャン勢を変える勢いだ。プロデューサー視点ではPaisley Park名義のプリンスが4曲 (tracks: 1 to 3, 10)、Frankie Blue (tracks: 7 to 9, 11)、Les Pierce (tracks: 7 to 9, 11),の3人。
 (5)でもプリンスっぽいエレクトロ・ポップ。だが毒を抜いてキャッチーかつ健康的なセクシーさで歌い上げた。この変わり身の速さったら無い。プロダクションはClivillés & Cole。80年代後半から活躍する売れっ子だ。
 マルティカのキャリア的には、本路線でも十分に魅力的だったろう。けれどプリンスを喰い、さらに自らの世界をのびのび広げる。マルティカのしたたかさは大したものだ。


 アルバムの流れもいい。じわじわと世界観を変えていき(6)ではAOR路線の甘いムードに変化した。しとやかなバラードはファンクネスが皆無。滑らかなメロディを真っ白く歌っていく。プロダクションはBob Rosa。初期ヒップホップからキャリアを積み上げ、多くの楽曲をミックスしてきた。
 冒頭のプリンスのファンクネスから一気にこの世界へ切り替え、一気通貫させるのはマルティカの無色っぷりがあってこそ。

 琴が和風に響くイントロの(7)から、アルバムはB面に。Michael Cruzがアレンジした。サウンド的には大味で力任せでぼくの好みではないが、いかにも売れ線って王道な選択と思う。琴をふんだんに取り入れ、エキゾティックな神秘性も足した。

 (8)は再びBob Rosaのプロダクション。ムーディに喉を張るミディアム・バラードだ。なお楽曲は共作名義あるものの、マルティカの作曲になってる。メロディがマルティカだろうか。ならばキャッチーな旋律を作る才能あり。
 これも綺麗に飾り立てられた、エレピ中心のアレンジで良い感じのポップスだ。

 (9)はちょっとファンキーな世界に。アレンジはFrankie Blue。彼も80年代後半から活動はじめたハウス系で売れっ子のようだ。なぜここでリズミックさを敢えて持ち出すか。次にプリンスの曲が控えてるから、だ。
 この並びや流れの見事さには唸る。しかも(9)そのものはあまり派手にせず、踏み台と言いたくなるような楽曲。ギターのカッティング、ベースの唸り、リズムの響きなど個々のフレーズを足し算で足したような曲。楽しく聴けるが、印象に残りづらい。

 再び登場したプリンスの曲(10)。楽曲で言うと大人しめのファンク。マルティカがひねりなくストレートに歌うもので、あまり魅力が光らない。プリンスのうさん臭いボーカルがあってこそ、ほんとうは光る曲。

 この辺がマルティカの限界かもしれない。逆説的にこれはプリンスの歌声のセンスにやられるため、ブートで彼の乾いた歌声バージョンも聴いてほしい。
 しかしマスターテープ起因なのか、妙にこの曲だけ音が悪い。抜けが悪く籠ってる。それでもマルティカは本楽曲を採用した。

 さて、マルティカのアルバムに戻ろう。(11)はだれのプロダクションだろう。すっきりした小品っぽいアレンジ。平歌ではサンプリングみたいな女性コーラスとパーカッションのみ。サビでちょっと鍵盤やベースが足され展開するが、引き算の技法がきれいにハマった一曲。
 これもプリンスのセンスを上手く流用し、再解釈してると思う。作曲はアレンジのFrankie Blue、プロデュースのLes Pierce、マルティカの三人。
 メロディよりもアレンジの妙味で最後まで聴かせてしまう。意外な佳曲。

 そしてアルバムの最後(12)。いきなりストレートなラテンが現れ、影の無い平和でヘルシーな世界を作った。なんかものすごく違和感ある楽曲だが、アルバムを牧歌的に締めるには良い選択、かもしれない。

 つまりは冒頭でプリンスの不穏さをたっぷり利用しておきながら、アルバム全体で見事に消し去り、最後はヘルシーに決める。
 率直なところ、この手のアイドル寄りなアルバムは途中で聴き飽きる。プリンスの話題性に寄り掛かった盤もしかり。それ以外の楽曲に魅力ないからだ。
 だが本盤は、素直に聴けた。珍しい。それだけ丁寧に作り、なおかつメロディに魅力あってこそ。

 たいしたものだ、と思う。今、マルティカはさっぱり語られない。しかしこのアルバムは見事だった。
 ソロのアルバムは本盤を最後に、マルティカはやめてしまう。惜しいかどうかは微妙だ。けれど本盤はプリンスを巧みに利用したアルバムとして、聴き継がれてもいい。 
 Amazonでは中古盤の値段も、最安値だしね。お買い得ではなかろうか。
 

Track listing:
1. Martika's Kitchen (5:08) *
2. Spirit (4:37) #
3. Love... Thy Will Be Done (5:02) +
4. A Magical Place
5. Coloured Kisses
6. Safe In The Arms Of Love
7. Pride & Prejudice
8. Take Me To Forever
9. Temptation
10. Don't Say U Love Me (4:24) +
11. Broken Heart
12. Mi Tierra
* Written by Prince
# Written by Prince, Frankie Blue, Martika and Levi Seacer, Jr.
+ Written by Prince and Martika

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