Billy Joel 「Cold Spring Harbor」(1971)

 大ヒットへの助走。大人っぽく飾った隠れし名盤。
  

 77年頃から大スターの仲間入りを完全に果たし、ぼくの世代では洋楽の道しるべともなったビリー・ジョエルのソロ1st。80年代初頭は廃盤で幻だった。
 最初は無かったことにされ、"Piano man"(1973)がデビュー作ってイメージあるけれど。実際はハッスルズで武骨なロックを狙うもコケて、よりビリーが趣味に走ったオルガン・プログレなアッティラもコケた。バンドを諦め、SSW路線でデビューが本作となる。
 ハッスルズやアッティラについて書いた、過去のエントリはこちらこちら

 71年と言えばキャロル・キングの"つづれおり"が発表の年。SSWが流行ってたのか。本盤はアッティラやハッスルズと聴き比べたら、路線が全然違う。ぐっと大人びた。前作が煙りもうもうのバーが似合うとしたら、こっちはホテルやレストラン。
 ロックな味付けを施してるとはいえ、より毒を抜いた中流路線を狙った。これがビリーの意思だとしても、明確にプロダクションされている。

 原盤の発売はプロデューサーのアーティ・リップの個人レーベルから。今、CDで聴けるものとミックスが全然違う。71年はもっとバンド仕様。83年にリイシューされたときは、数曲でドラムを抜いて、数曲に鍵盤を足した。曲も(2)は6分弱から3分くらいに短く編集された。
 ちなみにジャケットも違う。今、馴染みのアップではなく半身が見える引いたほうがオリジナル・ジャケット。

 1971年のオリジナル・ミックスはこのCDで聴けるとの宣伝文句あるが、本盤は聴いたことなく真偽は不明。いちおう、このYoutube 動画の3:42過ぎからオリジナル盤の音源は聴ける。
 

 そもそも原盤はピッチを間違えて、甲高い声になってるっていわくつき。でもリミックスで楽器まで抜くってことはマルチ・テープが残ってたってこと?今回聴き比べてみた限り、イコライザーで消してるっぽい。
 ボーカルのピッチも、言われればそうかなってていど。なにせ83年ミックスの(1)なんか、今の盤でもピッチが速く聴こえる。

 とにかく本盤は、そうそうたるメンバーのわりに作りが荒っぽい。83年ミックス、のほうがだ。妙にフェイド・アウトが速かったり、楽器のミックスが歌ばかり目立って、雑だったり。
 参加ミュージシャンを見ると、きちんと作りこんで見えるのに。
 
 プロデューサーは前述のとおりレーベル・オーナーにして、カーマスートラ創設などで有名なアーティ・リップ。アレンジは60年代から数々のヒット曲にかかわった、ジミー・ハスケル。
 ミュージシャンだって、ベースをラリー・ネクテルやジョー・オズボーンと一流どころを並べた。他のミュージシャンは、ちょっと格落ちか。でもスタジオ・ミュージシャンをきっちり集めたっぽい。その割に、このちぐはぐさは何なんだ。

 ビリーはピアノに留まらず、ハモンドをダビングしたりと分厚いバンド・アレンジのポップス構築に余念ない。親しみやすい旋律もばっちりだし、張りのある軽やかな歌声も悪くない。
 きちんと名盤に仕上がる素地が整いながら、どっか歯車がずれてる。惜しい。

 跳ねずにきっちり拍頭で叩く、ロジカルでタイトなビリーのピアノは、本盤で存分に聴ける。"Prelude/Angry Young Man"などで炸裂する、歯切れ良い高速フレーズの予兆も(5)で登場した。
 グルーヴよりも整然としたテンポ感が、テクノに慣れた日本人の耳にハマり、ここまで大ヒットしたのでは、とも思う。いや、ビリーは世界中でヒーローだけど。もちろん。

 弦まで足されるロマンチックで豪華なアレンジも悪くない。勇壮で抒情溢れるビリーの歌世界を、情感に流され過ぎない塩梅で上手いことまとめた。
 全体的にカントリーっぽい味わいが特徴だ。ビリーの好みかな。
 "Piano man"で顕著だが、ウエスタンに近しい性急さと切なさがある。ユダヤ的なしたたかさや、NYの都会っぽさを売る70年代後半からのイメージとは異なり、もっと埃くさく田舎っぽい。
 
 ようはタイミング、かな。78年くらいに本盤のコンセプトできっちりまとめたら、とんでもない名盤へ名実ともに仕上がってたかもしれない。ビリーは間違いなく、本盤で楽曲の全力投入をした。名曲ぞろいだ。
 ところが出来は、いまいち。時代の歯車がずれていた。
 ほんとに"つづれおり"と並び立つ名盤と、語られてもおかしくないのにな。 
 続く"Piano man"(1973)に至る2年間、ビリーはもっとコンセプトをコンパクトにしたのかもしれない。豪華なSSW路線でなく、単なるピアノ弾きの歌手だ、と。

 本盤は本当に惜しい。超絶な出来が予想されたにも関わらず、録音がうまくいかなかった。でもだからこそ、"Piano man"からの進歩が、"Turnstiles"(1976)の大傑作を作りながらも届かぬ不条理さが、"The Stranger"(1977) からの快進撃が引き立ったのかもしれない。

 なお本盤に収録曲は、のちのライブでも演奏されていた。聴き逃せないのが、72年4月15日にフィラデルフィアのスタジオで行われた音源だ。FM局WMMRの主宰で行われたもの。前からブートで出回っていたが、"Piano man"の2011年エディションのボーナス・ディスクで正式音盤化された。
 そこでは本盤の(5)で幕を開け、(1),(3),(12),(6),(8)が聴ける。2年後の"Piano Man"のプロモーション・ライブながら、依然として本盤のレパートリーを大切に歌い続けてたことが、よくわかる。


Track listing:
1. She's Got A Way. 2:55
2. You Can Make Me Free. 2:58
3. Everybody Loves You Now. 2:49
4. Why Judy Why. 2:56
5. Falling Of The Rain. 2:42
6. Turn Around. 3:07
7. You Look So Good To Me. 2:28
8. Tomorrow Is Today. 4:40
9. Nocturne. 2:52
10. Got To Begin Again. 2:53

Personnel:
Producer, Directed By - Artie Ripp
Arranged By, Conductor - Jimmie Haskell

Billy Joel - piano, Hammond organ, harpsichord, harmonica, vocals

Richard Bennett - guitar
Rhys Clark - drums on 1,3,5,6,8 (1971 mix)
Sal De Troia - guitar
Don Evans - guitar
Sneaky Pete Kleinow - pedal steel guitar on 6
Larry Knechtel - bass
Joe Osborn - bass
Denny Seiwell - drums on 2,7
Mike McGee - drums on 3,6
Al Campbell - keyboards on 8 (1983 remix)
L. D. Dixon - Fender Rhodes piano on 6 (1983 remix)



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